くりふ

Ballerina マリインスキー・バレエのミューズたちのくりふのレビュー・感想・評価

4.0
【ミューズよりアテナ】

『ブラック・スワン』をみた時、そのバレエ描写に巨大な「?」が湧き、バレエに素人なもので、眼を清めて間違いなら正したくなったのですが(笑)、その頃、特集上映で本作を知り、みてみたら私にとっては当たり! でした。

元々はTVドキュメンタリーのようですね。そして重鎮、マリインスキー劇場のプロモーショナルな色合いが強いです。バレリーナの光と闇、ということなら光ばかりを見ようとしています。

が、素材の魅力で、素人の私には入門編として十分楽しめ、学べました。バレエってこんなに面白くスリリングなんだ! と改めて教えてもらった。出て来るのが薄着美人さんばかり、ってのがたいへん影響しましたが(笑)。2006年作なので、メンバーの現況はかなり変わってるのでしょうけれど。

まず、話に聞いてはいても見ればやぱびっくり! だったのは、10歳の少女たちが集まる、ワガノワ・バレエアカデミーの入学試験。パンツいっちょで踊った上、男の先生が体に触り捲りですよだわわわ!…って書くと誤解招きますね(笑)。

いや、バレエの素養をみるためには、それだけ厳密な身体検査が必要ってことなんですね…。後で正座しました。

先生のコメントも出ますが、身体の成長を見越して選ばないといけないので、学校側も大変です。素人目には一瞬、奴隷市場かとも見えちゃうんですが。撮影時、応募は約100名、うち合格は30名、卒業はその半分、だったとか。

その後は、マリインスキー劇場での、当時の有望新人を数年分追った映像と、大御所さんをテンポよく紹介。舞台の映像少ないのがちょっと残念ですが、この極上クラスになると、練習風景だけでも眼と心を奪われてしまいます。見かけは美しく優雅なのに、本人の内側を剥き出すような生々しさが、迫る。

私が一気にファンになったのは、ディアナ・ヴィシニョーワさん。この人の舞いは凄い。尋常でないしなやかさに見惚れていると、心を鷲掴みされる瞬間が来る。完璧主義者と言われる彼女を見ていると、本当に心も体も強くないと続かない、との本人コメントも納得です。

『ブラック・スワン』のニナが完璧言うのは二億年早いと思っちゃった(笑)。バレエの未来は振付家の創造性にかかっている、と発言していたのが印象的。

ロシアの伝統を受け継ぎつつ、他国のバレエ団とも積極交流しながら、あくまでクラシックのフィールドで闘い、優れた新作が作られないのが心配、と言う彼女のあり方を、『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』でみた、間逆のベクトルに見える舞踊のあり方と比べると、とても面白いです。

大御所ロパートキナさんは、本作では怪我から復帰する辺りでまだ、ソフトランディング、という風。が、その復帰への想いが舞で伝わります。

この方はホント、スワンレイクを踊るために生まれてきたかいう肢体ですね。首の辺りに寄るとまさに白鳥みたいだものね。そう思い込ませちゃう(笑)。

誰もいない部屋、窓辺で独り「瀕死の白鳥」をレッスンする姿が鮮烈でした。ちょうど逆光となりシルエットが際立ち、響くはポワントの小さな音だけ。『赤い靴』で音楽と舞踏が鬩ぎ「音楽が全て!」なんて台詞もありましたが、ここでは彼女の肢体がすべてです。彼女の内には音楽、在るのでしょうけど。

寡黙な求道者。邦題にある美の女神より、戦いの女神という方が相応しい。これは彼女に限らず、本作に登場するバレリーナさんすべてに感じますね。

ボリューム的には、新人さんを追う映像の方が多いのですが、中では、ちょいブスカワなエフゲーニャちゃん(と書くと失礼?)がとてもよかった。瞬発力の魅力が凄いなあ、と思った。で、とても親しみやすい人物ですね。お婆ちゃんの追っかけが付いてるんです(笑)。なんかホンワリしてしまった。

全体では、作品としては、落としどころが曖昧なまま終わっちゃいましたが。各人の魅力をそれぞれ追いかけたあとで、ブツンと切れてしまった感じ。が、人物だけでなく、劇場が持つ伝統の厚みも刻まれているし、記録としてだけ見ても、なかなか貴重なものだと思います。

一番よかったのは、終わってみると何故か、元気が出ちゃうことでした(笑)。

<2012.6.13記>
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