ぶみ

ビヨンド・ユートピア 脱北のぶみのレビュー・感想・評価

5.0
「楽園」と信じた場所を離れ、家族は決死の脱北を試みる。

マドレーヌ・ギャヴィン監督によるドキュメンタリー。
北朝鮮から亡命しようとする人々等の姿を追う。
韓国で脱北者を支援するキム・ソンウン牧師を中心として、幼い子ども2人と80代の老婆を含む5人家族の脱出ミッションと、北に残してきた息子を脱北させようとブローカー等に依頼する韓国在住の女性の姿が中心となるのだが、まず本作品の凄いところは、世界で最も閉ざされた国の一つとされる北朝鮮の現実が生々しく映し出されていること。
特に、分断された韓国との国境には200万個もの地雷が仕掛けられていることから、その境界を越えたいがために、中国、ベトナム、ラオス、タイを経由して総移動距離1万2千キロにも及ぶ道のりを行く5人家族を取材した映像は、常に危険と隣り合わせであり、どんなフィクションや再現ドラマよりも緊迫感に満ち溢れたものとなっている。
また、全てが情報統制されており、生まれた時から、他国よりも生活レベルが高く、金日成一族を最高指導者かつ神であると教育されている北朝鮮の人々にとっては、その生活が当たり前であり、他を知らないが故に、それこそがユートピアとして疑わなくなっているのも当然の話であることから、あまり〇〇ガチャという言い回しは好きではないものの、まさにこれは国ガチャ。
ただ、本作品では前述の2つの脱北話に加え、実際に脱北した何名かの人々のインタビュー映像が時折挿入され、なぜ北と南に分断されたのかの経緯も、非常にわかりやすく解説されるのだが、忘れてはならないのは、北がこうなってしまった要因の一つには、少なからず日本が絡んでいること。
かつては日本でも、多くの土地を植民地とし、また「一億総玉砕」「欲しがりません、勝つまでは」といったスローガンのもと、戦争に突き進んでいた時代があったこと、なおかつ今でも、それを再現しようとするような政治家等がいることを考えると、近くて遠い国として避けるのではなく、実は当時の日本の成れの果てに近く、決して他人事ではないのではなかろうか。
特に、作中でも、国民は「巨大な仮想刑務所で囚われている」と形容されていたのが印象的であり、その生活実態は刑務所以下とも言えるものであると同時に、何が本当なのかわからないネットニュースや、報道番組や動画サイトでしたり顔で話す政治家や評論家といった所謂見識者の薄っぺらい言葉なぞ、脱北者の言葉一つ一つや、潜入映像の重みと比較すると比べ物にならないレベルであり、これぞまさにドキュメンタリーの真髄と言えるもの。
近年、政治犯強制収容所をアニメで描いた清水ハン栄治監督『トゥルーノース』や、武器密輸の闇取引の実態を追ったマッツ・ブリュガー監督『THE MOLE(ザ・モール)』といった北朝鮮を取り上げた作品もある中、密着度合いは図抜けており、ドキュメンタリーにありがちな、恣意的な編集がなかったのも好印象。
奇しくも、オム・テファ監督による韓国製作『コンクリート・ユートピア』も上映されており、ユートピアと名がつく作品が同時公開されているのも面白いところなのだが、人々が思い描く理想郷の姿の違いに驚くとともに、すぐ近くに、このような国があり、脱北を試みる人々が常にいること、かつ前述のように少なからず日本にも要因があることを知っておいた方が肝要であり、危険を顧みず、取材をしたスタッフに敬意を表し、かつ知ることができないことを知るというドキュメンタリーとしては文句のない仕上がりであることから、満点をつけたい力作。

だが脱北は止められない。
ぶみ

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