マーフィー

夜明けのすべてのマーフィーのネタバレレビュー・内容・結末

夜明けのすべて(2024年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

2024/02/20鑑賞。


藤沢さんと山添くんの、家族にも恋人にもできない「絶妙な距離感と絶妙な無関心」が最高に愛おしい映画でした。
「好きの反対は無関心」ってよくいうけど、そういうわけでもないなと思った。
絶妙な距離感と絶妙な無関心があると、洗練された共助関係になり得るんだろうと思う。

家族や恋人にはどうしても2人のような距離感って難しい場合が多くて、
その人を思っているから、強い愛があるからこそのある種パターナリスティックな気持ちや、こうあってほしいという気持ちみたいなのは少なからず出てくると思うんですよね。
逆にその対象とされる方も、家族や恋人に心配をかけたくない気持ちとかプライドとか申し訳なさとか、
色んな気持ちがあって上手く頼れなかったりすると思う。

一方で藤沢さんと山添くんの間には、お互いを気に掛ける気持ちはありながらも、どこか相手に対して無関心な部分もある、絶妙な距離感ができていたのだと思う。

家族や恋人に対して生まれる特有の難しさを徹底的に削ぎ落とした、
言うなれば「助けたい」というシンプルな「洗練された共助関係」が藤沢さんと山添くんの間に感じられた。
それが2人にとってとても楽で救われるものだったのだと思う。
だからこそ2人は親や恋人ではなくお互いを同志としたのかなと思った。

冒頭の藤沢さんの「同情や心配を欲してはいない」というモノローグにも分かるように、藤沢さんは理解はしてほしいけど同情や心配をしてほしいわけではない。
山添くんにしても、藤沢さんから「お互い無理せず頑張ろう」と言われた時に「パニック障害とPMSは違う」と言い放つシーンからは、そのような安易な「分かるよ」で距離を縮めようとされるのに拒否を示していることが分かる。

お互い同じような気持ちを持っているにも関わらず、藤沢さん自身ははじめ山添くんに対して
自分ですら苦手な距離の縮め方を山添くんにしていき、ことごとく上手くいかない。

ただ、その後突然山添くんの髪を切る藤沢さんは、持ち前の距離感バグりまくり人間を発揮しながら自然に山添くんの心の中にすっと入っていき、受け入れられる。
あのシーンの藤沢さんには、お詫びのお菓子を選んだり、「お互い無理せず頑張ろう」と言っていた時のような気遣いはない。
むしろ美容師でもないし人の髪なんて切ったことがないけど「自分で切るよりはマシでしょ」と山添くんの髪を切り、しかも失敗する。この絶妙な無関心とバグりまくりの距離感に、山添くんは救われたところがあったのではないだろうか。

山添くんも山添くんで、PMSに興味を持ってから藤沢さんを職場で助けるシーンは、
他の人の「大丈夫?」という優しい感じというより、
「しばらく1人で怒っててもらっていいですか」みたいな、藤沢さんにどう思われるかとかそういうところには関心はなく、それでいて的確で恩着せがましくない絶妙な距離感で藤沢さんを助ける。

そこからどんどんお互いのことを理解し、それでも絶妙な距離感と絶妙な無関心のまま信頼関係を育んでいく。
その後も「僕が興味あるのは藤沢さんじゃなくてPMSなんで」と言ったり...。
自虐ネタが出るところなんて、相手が気を遣わない距離感にいることを理解していないとネタとして成り立たないんだから、なかなかの信頼だと思う。
これがめちゃくちゃ仲良くなった先の「気が置けない関係」ではなく、この距離感の関係の先にあるものなのがものすごく愛おしい。

最後は藤沢さんの転職に寂しがったり、逆にとても喜んだりすることもなく、よかったっすね、どんなところなんですか?みたいな感じ。
おたがにこの距離感と適度な無関心さがあったからこそ2人は洗練された共助関係となり得たのではないかと思う。
その末の「出会うことができてよかった」
素晴らしすぎる。


無論2人の関係が一番良くて他との関係はクソ、というわけではない。
むしろこの2人以外の登場人物が2人だけで孤立していないこともとても重要な要素で、
栗田科学の社長や同僚、藤沢さんの母、友人、山添くんの恋人、元上司、転職エージェントなどなど。
誰ひとり悪い人はおらず、それぞれがそれぞれの「どうしようもないこと」を抱えながら、それぞれの形で思い合い、助け合っていく。
全員が暖かい。
山添くんの恋人なんて彼氏の家に女性が来てるのに全部分かって「ありがとう」って言える。
関係が近いとか、距離的に近くないからこそサポートできない部分を理解していて(あるいは自分が海外赴任になることで山添くんのそばにいれなくなるのを見越して?)、その上で山添くんの幸せを願って藤沢さんの存在に感謝しているのだろうと思う。
みんながみんな誰かの幸せを願っている。
なのでみんなが必要な存在である。

藤沢さんでいうと、山添くんにはできない役割を母や同僚、友人がしている。
山添くんがいれば全てOKだったわけではない。
ただあの時点の藤沢さんにとって、距離感も関心度合いも一番心地よかったのが山添くんであっただけ。

藤沢さんや山添くんじゃなかったら、または彼らの時期が違ったら、他の人が一番心地よい関係だったかもしれない。最高はひとつじゃない。


全体的にあったけえなあ。めっちゃいい映画。
キャストだけ見てアイドルと人気女優の薄っぺらい映画と思ってスルーすると絶対に損するぞ。




馬鹿みたいに書いてしまったので、あとは箇条書きで感想を。




・2人の噛み合わない会話や変な空気になる会話が終始面白い。この辺は上白石萌音とがハマりまくってる。めちゃくちゃいい。前半の2人のやりとりが絶妙な社不感というか。めっちゃいい。
藤沢さんは特に、突然髪切りに来たりお守りめっちゃ買って来たり、自転車あげたり、バグりまくった躁状態の動きがめちゃくちゃ面白い。
上白石萌音でよかったと思う本当に。

・ドキュメンタリーの撮影に来てるのに、最後は人が誰もいなくなるというオチもおもろい。
細かいフフってなる部分が所々あって、どこまでも楽しい。

・「無理のない範囲で頑張ります」
会社のモットーとも言える言葉
パンフレットで社長の設定とかきちんと追うと、すごく大切な言葉を毎日同僚に、そして自分に言い聞かせているんだなと感じる。


・会社で時々出てくる
2階と1階をひとつの画に収めるショットがめちゃくちゃ好きだった。
なんであれ好きなんだろう。言語化できないけど良い。
後半の下に上白石萌歌がいて上に松村北斗がいるのとか特に良かった。


・栗田科学、プラネタリウムの設定、結末などは
原作にない要素らしいけど、この物語をプラネタリウムと星の話に帰結させるのはめちゃくちゃ上手いと思った。
タイトルとの関連もしっかりある。神脚本かよ。めっちゃ綺麗な終わり方や...。

・遠くの誰かに頼りにされているアルファルドは、結末に対して距離なんか別に関係ないでしょ、という示唆にも思えるし、
「夜がやってくるから、私たちは、闇の向こうの途轍もない広がりを想像することができる」
「夜明け前がいちばん暗い」
「全ては移り変わっていく」
も全部結末と呼応していく。見事すぎる。


・藤沢の語りで始まり、
山添の語りで終わる構成が綺麗。
これは後で加えた要素らしくて、その判断もマジですごい。


・そして日常がただ流れていくエンドロールすごく良い。



良いとこ書けば書くほど好きになるなこの映画。
書いてて点数さらに上がったわ...。
マーフィー

マーフィー