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Alam(原題)
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『Alam(原題)』に投稿された感想・評価

ヨーテボリ映画祭にて。

カイロ国際映画祭で観客賞、作品賞、主演俳優賞だった。
イスラエルに住むパレスチナ人の若者の青春、矛盾したアイデンティティと政治的立場への葛藤の話。
親はいまだに過去の傷が癒えぬままだが若者の姿はどこにでもいる10代の姿とあまりかわらない。
しかし、イスラエル独立記念日が近づき、友人たちも政治に関心が高まり運動に関与するようになると…。
穏便な生活のために抑圧に耐えるか、自分の思いを行動に移すかの板挟み。なにもしなければ静かな生活かもしれないが何も変わらない。
行動に移し「旗」を掲げることはどれだけリスクが伴うか。

これは考えてしまうな。行動を起こすことで存在や思想を示すのはいいと思うが、危険が付きまとう。
親世代はそれを体験してきたわけで、子供たちには同じ思いはさせたくない気持ちもあるだろうし、一方で信念はしっかり持ってほしいら忘れてはいけないと思うだろうし。

情熱を無情に大きな権力で打ち砕き抑圧して、無理やり平和を装うように見える国家。
これではまた同じことを繰り返すし、彼らは親と同じ思いをすることになると想像してしまう。双方歩み寄りが難しい限り出口が見えない問題だなと思う。
Tomo
3.8
フランスでたまたま見つけた映画。放映後に監督が来て舞台挨拶と質問コーナーがあった。なんてラッキーな日なんだ。アラビア語+フランス語で全部は理解できてないが、歴史と背景、沢山考えさせられる映画だった。
この作品『旗』を3日間借りられるので、ゆっくり観てみようと思う。
https://www.youtube.com/watch?v=8YtsgHOsEIQ 予告編
ガリラヤにあるパレスチナ人のこの高校はBagrut と言って、イスラエル政府の高校卒業の必須科目である歴史を教えている。先生は日本で言うと、イスラエルの学習指導要項に基づいて教えている。(教育もイスラエルの文科省の画一的教育を受けているから、多様性は認められないだけでなく否定される)だから、先生は生徒の一人であるSafwat(Muhammad Abed Elrahman強烈ないい役者)の意見は重要ではないと。それに、Safwatの意見はBagrutに役に立たないからいらないと。試験勉強以外は意味がないということね。

まず、
先生:Deir Yassin の村人(デイル・ヤシーン事件)はアラブから逃げてきて、ユダヤ国建国を可能にさせたと。
Safwatの意見というのは:1948年虐殺から(Deir Yassin 村人のように、)逃げてきた。ユダヤ国建国を正義とみなすのか?これはシオニストの歴史観であって、本当の話じゃないよ。ユダヤ人は我々パレスチナ人を『イスラエル・アラブ人』と呼んでいる。ユダヤ国家は我々を取り除きたいんだよ。(現状ではこれはすでに、ネタニヤフが国連でアラブとイスラエルで発表している。ネタニヤフの構想にパレスチナはもうない。)これがイスラエル政府の目的である。そして、Safwatは家族が追放され、虐殺された経験を教室で話し始める。(征服され、追放された人々の気持ちは、侵略戦争を思い起こさせるね)「祖父母の兄弟は殺された。祖父母はEin Hod に逃げていった。祖父母のもと住んでいた家には英国の芸術家が住んでいて、我々は一歩もその自分の家に近づけない。
両親の家は壊されて、We are leftovers of an ethnic cleansing だという。そして、私たちは、学校の歴史で、イスラエル占領軍の成し遂げたことを勉強しているんだよ。」(アッパレ、その通り、この反骨精神の強さが気に入った。それに、このようなストーリーはドキュメンタリー映画でよく見るシーン。もちろんシオニストのドキュメンタリーじゃないよ)

ここで興味を引くのが、主人公Tamer (マフムード・バクリ)とSafwatとの対比。これがうまく描かれている。主人公Tamerは信念を曲げない気骨のある高校生としては描かれていない。イスラエル体制に憧憬しているようにも描かれていないが、よく言えば、自分が定まっていない.....彼の父親は将来のあるTamerにパレスチナ人のアイデンティティーにとらわれず、成功して欲しいから。父親は (Amer Hlehel),息子の Tamerをサポートしているが、「 to steer clear of politics」と。この意味は過去の歴史(70周年記念のアクバ)を持ち出してイスラエル政府に盾をついてほしくないから。他にも深い意味があるのが映画の最後の方でわかる。Tamerが父親と仲間(仲間の間でも自分が揺れている)との考えが極端に違うが、解決策が見つかっていないから、どうしたらいいかわからない彼の様子がうまく描かれている。


ここでSafwatに戻るが、仲間はタバコを吸っているが、彼は死にたくないと言って吸わないという種に交わらない態度が立派である。パレスチナの旗を挙げに深夜学校の屋上に仲間と忍び込むシーンがある。皆で梯子を順に登っていくが、Safwat がI am scared of being close to the edge。というシーンで、私の判断はイスラエル国の公共機関である学校にパレスチナの旗を挙げるのが怖くなっていると。しかし、彼は梯子を登る時点で、震えていたんだよね。、俯瞰で見ることができないんだよね。高所恐怖症だと自分で言ってるから、旗を持ってポールにも登れない。しかし、個人的に、イスラエルに対する恐怖感と高所恐怖症と捉えていた。

SafwatはTamerのところに泊まり、ここからの会話がこの映画の全てを物語っている圧巻だ。Safwatがなぜ、旗を挙げられなかったのか、Tamerの心がなぜいつも揺らいでいるのかがわかる。

Safwatはここで旗が好きじゃないと言ってる。理由は旗に誇りを持っていない。ただのツールのようだと。( It's more like a tool.)
一枚の布に色が付いているだけだと。(なあるほど。)父親が言っていたということで、「解放運動の始まりは旗を掲げる。でも、最も気高い最高の解放運動は旗を燃やすことだと。」これはかなり前に言っていたことだと、過去の話だったようだ。(私はかなり前から同じ運動が続いていて、将来性がないのではないかと理解した)

Tamerは叔父ナジ(サレ・バクリ)はエルサレムの医学大学に入って5年目に、イスラエル軍がテロリストの一味だとしてナジを逮捕して、禁錮20年の刑を与えたと。ナジとTamarの父親は兄弟。二人の父親はこれを聞いて心臓発作で亡くなったと。ナジはこのことで精神的にやられ、精神病院に入った。そこから出てから、医学の本を全て燃やし始め、ものを燃やす習慣がついたと。

二人は翌日デモに参加する
We will be the Generation.
That End of the Occupation.


Tamerの嘆き、そして、失望感はパレスチナ人の将来のなさを見せてくれた。

最後のシーンでナジがオリーブの木を燃やす。オリーブの木はパレスチナ人の命であるのに、それを燃やすということは、パレスチナに将来はないということだと思う。