ボブおじさん

アナログのボブおじさんのレビュー・感想・評価

アナログ(2023年製作の映画)
3.9
40歳手前の独身男が偶然出会った運命の人に〝恋い焦がれる〟物語。

建築デザイナーの悟(二宮和也)は、自らが内装を手掛けた喫茶店〝ピアノ〟で、運命の女性みゆき(波瑠)と偶然出会う。

何気ない会話から、彼女と同じ波長を感じた悟は、また会いたいと思い彼女と連絡先を交換しようとするが、彼女は携帯電話を持たないと言う。仕方なく毎週木曜日に〝ピアノ〟で会う約束を交わし、そこから2人の交際は始まる。

ゆっくりと関係を深めていく2人。だが、想いを募らせた悟がプロポーズすることを決意すると、みゆきは突然〝ピアノ〟に現れなくなる……。

カップルの2人は、年齢の割には〝アナログ〟なところがある。建築デザイナーの悟は、3Dデジタルでのプレゼンが当たり前の今どき珍しく、手作り模型や手書きのイメージパースにこだわる。彼の手作り好きなところは、冒頭の朝食のシーンにも表れている。

一方のみゆきは、今の社会では必需品とも言えるスマホを持たない。だが途中までその理由は明かされない。

美しく、奥ゆかしく、謎めいた女性を〝もっと知りたい〟と思う気持ちは男として良くわかる。だが、悟が彼女のことを知る術は、次の木曜日が来るのを待つしかなかった。

今であれば、会えない間もスマホ一つで、いくらでも会話ができる。少なくとも意思の疎通を図り、お互いの事を少しずつ知ることができる。

だが、スマホが繋がらないことにより、彼女を思う気持ちが余計に募る。〝恋こがれる〟とは、こういうことだったと思い出させてくれるのだ。

〝恋こがれる〟とはその場にいない人に対する満たされない思いだが、スマホがあれば例え会っていなくてもその気持ちは薄らぐだろう。

デジタルツールは、我々の生活を著しく便利に、快適にしてくれる。だが、同時に失ったものもあるのかもしれない。

SNSなどの活用で、会えない時でも様子がわかり、意思の疎通は格段に図りやすくなった。 facebookやインスタなど見れば、しばらく会っていなくても相手の情報を得ることができる。

だが、この映画で描かれている様な、次に会うのが楽しみで仕方ない、かつてのアナログ時代には確実に抱いていた〝もどかし感情〟を今はもう抱けない。

Google マップは確かに便利だが、最短ルートを迷いなく進むことで見失っている景色もあることが、この映画の中でも描かれている。

そのアナログだけど幸せな日々が、ある日突然立ち消えてしまう。まるで糸電話の糸をプツリと切られてしまったかの様に。

主役2人が〝こんな人なら好きになってしまいそう〟な男女を違和感なく、さりげなく演じている。これは決して誰にでも出来ることではない。

また、悟の親友を演じた桐谷健太と浜野謙太の演技も自然体で見事なキャスティング。特に焼き鳥屋で4人で飲むシーンは、明らかにアドリブで、楽しい4人の飲み会を敢えて不自然な暗転を挟んだカット割で繋ぎ、面白シーンをダイジェストで見せられているような感じがした。

人に会って、顔を見て、何かを感じて、何かを伝える。悟が入院中の母親を見舞うシーンは、かつては当たり前に行われていた日常の風景だ。デジタル化の急激な普及で人々の生活は、明らかに変わった。その是非にかかわらず、もう後戻り出来ない事を我々は知っている。

2人の男女のアナログな恋が愛に変わるまでを真正面から描く、70歳の男が書いた純愛物語。ラストは原作・脚本・演出・演技の力が一体となって、泣きながら笑うという不思議な体験をした。




〈余談ですが〉
この映画を北野武が自ら監督をしなかったことに意外性はまるでない。たぶん彼が撮っていたら全く違う映画になっていただろう。そして興行的には、ここまで客は入らなかっただろう😅

キャスティングももっと地味で、主役の台詞も少なく、母親とのシーンが増えて、ジャニーズも使わないので、女性の観客は見にこないだろう😅

説明描写が少なく、場面展開が唐突で、観客が突き放されて、悪友との会話がもっと下品なので、若い人や女性客の評判は良くなかっただろう😅

だからこの映画は、この監督とキャストで良かったんだと思う。たけしもそれはわかってたんじゃないかな?