晶

ハンガー:飽くなき食への道の晶のレビュー・感想・評価

5.0
主人公リンを演じる、チュティモン・ジョンジャルーンスックジンという発音すら難しい名前の女優さんのアジアンビューティーな凛々しさにうっとりしながら、料理漫画のような熱い展開に手に汗を握ってしまった。

最初から最後まで落ち着いた印象なのに超クールな映像が見事。
特に料理対決の場面は、一進一退の攻防を、ほとんどセリフに頼らず、作られた料理とそれを食べる人々の表情、そしてそれに対してのシェフ二人の反応で描かれ、文字通り目が離せない。(伏線回収的なしょーもない展開が一点あるがそこはご愛敬レベル)

「料理の才能を持つ貧しい少女が頭角を現し、地位をかけて師匠と戦う」という王道の物語は「バズり」という現代性を加味されて、他人事とは思えないひりひりした物語となっている。

味の本質、良しあしには本来なんの関係もないはずの、バズるバズらない、という価値観。
それに大きく翻弄されるしかない現代のクリエイターのジレンマ。度重なるバズりを続け現在の地位を築いたであろうカリスマシェフ・ポールは、ヴィランとしてその業を一身に背負っている。
リンの師匠でもあるポールは、リンから見れば経済的・社会的に圧倒的勝者の側にいながら、実はさらなるスーパーリッチ達に雇われる立場にいる。
ゆえにポールは、この世の春を謳歌するスーパーリッチたちに、手づかみで肉を食わせ口の周りをソースでどろどろにさせ、あえて血飛沫と肉片に見えるようグロテスクに盛り付けた皿を振舞う。
王たちはポールの趣向に戸惑いつつ、時にはその悪意に感づき反感を覚えながら、だがその美味ゆえに皿まで舐めてしまう。
その姿はまるで卑しい餓鬼だ。
ポールはそれがお前らの本当の姿だと、冷たく見下す。
お前らはただの消費者であり、自らコンテンツを作り出せる俺こそがはるか上の存在なのだと。
だが、ポールは見下しながら自覚している。
自分は彼らの金がなければ理想を体現できない弱者なのだと。
ゆえに彼の渇望は終わることがない。それは一瞬で変化する時代に乗り、巨大な経済基盤を築いたスーパーリッチ達も同じだ。
明日には破産し頭を撃ち抜く運命かも知れない。
彼らは共に地獄にいる。
そして、主人公リンがポールと争うのは、そんな地獄の席順だ。
この出口なしの物語の結論もまた、セリフではなく、映像のみでセンスよく語られる。
我々はどう生きるべきなのか?
いくつか感想を見たが、低層に戻ったことそれ自体が結論ではないと思う。
若者よ、等身大の納得いく仕事をしながら少しずつ大きくなっていけ。
そんな風に感じた次第。
晶