レインウォッチャー

ミッシングのレインウォッチャーのレビュー・感想・評価

ミッシング(2024年製作の映画)
4.0
" EVERYTHING WILL BE FINE "

突然ながら、世の中には二種類の人間がいる。英字入りのTシャツを自然に着られる人間と、どうしても着られない人間である。
わたしは後者であり、着ている人を見ると「そっち側の人か」と反射で判別してる気がする。あとめっちゃそのテキスト読んじゃう病の宿主でもある。(※1)

何の話かといえば、この映画を観てひとつ確信したことがあって、すなわち𠮷田恵輔監督もきっとこの解像メガネをお持ちであろうということなのだ。(どっち派でいらっしゃるのかは知らないけれど。)

冒頭に挙げた文句(「何もかも良くなる」)は、今作の主人公・沙織里(石原さとみ)が多くの場面で着ているTシャツの胸元に書かれているものだ。そして、これは沙織里が自身をずたぼろにすり減らしていく映画。
彼女は、数か月前に行方不明となった幼い愛娘を探し続けている。手掛かりはないまま時間だけが過ぎ、世間・メディアの注目は如実に薄れ、ネット民からはあることないことで好き勝手に叩かれ(※2)、夫とも温度差を感じ…

そんな、ただでさえじゅうぶんな地獄が約束された映画なのに、マジのガチで性格が悪い。
石原さとみが心身をいじめ抜いた役作りを果たし(※3)、「鬼気迫る」「体当たりの」等の形容句がバーゲンセールされること待ったなしの決死の演技を見せれば見せるほど、Tシャツの文言は浮いて彼女の報われない空回り具合と妙にドッキングし、時にそれは《笑い》すら呼ぶ(呼んでしまう)のである。

冒頭の例の他に、" LET IT BETTER WITH FEELING "とかも着ていた。やはり確信犯的だと思う。で、さっきインタビュー動画を観たら " WHERE THERE IS A WILL THERE IS A WAY "を着てて、追い笑いをくらってしまった。石原さとみ、もうそっちの人になってますやん。(こっちは本編で着てたか覚えていない)

さて、このポイントに限らず今作は意地悪な描写と仕掛けのオンパレードで、相変わらずこの作家は「人を嫌いにさせる天才」だと思わせるし、今作は紛うことなきその新たなシグネチャーモデルだ。そして何より厄介なのは、その「人」には自分自身も含まれるということ。
沙織里や、コミュ障気味な弟の圭吾(森優作※4)、地方局の記者である砂田(中村倫也)といった面々が藻掻き・哭き・膝を落とす痛ましい光景の中、巧妙に撒かれた笑いのフック(※5)に引っ掛かったり、微細なイラつきを覚えてしまったが最後、自己嫌悪で安全圏にはいられなくなる。映画に没入させる手法は多様だけれど、何もこんな択とらなくたってよくないすか?勘弁してくれ。巧すぎかよ。

しかし、そのアプローチは露悪で終わることなく、新たな《喪失と折合い》の形を探し求めることに使われる。そういった意味で、今作は監督前々作『空白』の正式アップデート版であるようにも思えた。
『空白』では、発端となる事件の《結果》はすくなくとも既に決まっていた。一方で、今作の事件は行方不明である以上ゴールがない。miss - ing、沙織里たちにとって進行形であり続けるのだ。終盤では、それを日常の一部に引き受けてなお「終わらない」、なお「生きていく」方法と価値はあるのか…そんなところにまで射程が届く。(※6)

ここまで考え尽くしたとき、本当に" EVERYTHING WILL BE FINE "みたいな文句が深く響き得る可能性に気付くだろう。そう言うしかない、笑うしかない境地は確かにあって…愛とか善意みたいな大きな言葉を、必要とする誰かのために恥ずかしげもなく選び取る《勇気》を持ちたい、と思わせるのだった。

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舞台は沼津だけれど、さすがに『ラブライブ!サンシャイン!!』との絡みはなかった。シンゴジの石原さとみが「ニネンブゥリデスネー!」って言うところまで妄想したのに。

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※1:そっち側の方々はみんな概ね明るく、スプラッシュマウンテン乗ったときの写真を躊躇なく買うし、穴の開いたサンダルはなんでもクロックスって呼ぶ。(偏見です)

※2:前作『神は見返りを求める』から続き、今作における報道倫理的なトピックへの物申し方、ネット民度の表現の仕方なんかにはちょっと偏りを感じたりもする。

※3:今作の石原さとみや『正欲』のガッキーなど、いま30代後半に差し掛かる女優さんたちはネクストレベルへの踏ん張り時なのだろうか。杏の『かくしごと』も期待高?長澤まさみ…は、昔から既におかしかったとして。

※4:あるいは、梅雨に部屋干ししたOfficial髭男dism。

※5:たとえば沙織里がネット民に叩かれる原因にもなったアイドルグループの名前は「BLANK」、つまり「空白」。ここにも含意と悪意をしっかり感じると同時に、終盤ちゃんと回収までしてくる。

※6:前々作・前作・今作、どのラストも主人公の周りには《光》が。