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ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語のArataのレビュー・感想・評価

4.2
今月の頭に新作が劇場公開となったばかりだが、更なる新作がNetflixにて公開と言う事で、胸躍る気持ちで待っていた。


公開の時点ではFilmarks上には、今作「ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語」 の1作のみの掲載だったが、その他に「白鳥」「ネズミ捕りの男」「毒」との計4作の短編からなるシリーズとの事。
水木金土と4日連続で公開となる事もとても嬉しく、そのどれもを公開初日に鑑賞。

今回の4作品全ての原作が、ロアルド・ダール氏によるものと言う事もとても興味深い。
※このレビュー作成中に、今作以外の上記3作品もFilmarksに上がってきたので、順次書いていこうと思う。


ウェス・アンダーソン監督とロアルド・ダール氏と言う組み合わせは、「ファンタスティックMr.FOX」でその相性の良さを存分に見せつけられた。尤も、「ファンタスティック〜」は、全編ストップモーションアニメなので、ウェス・アンダーソン監督作品としてはやや異色な存在ではあるが。
ちなみに国内での原作本のタイトルは、「すばらしき父さん狐」。
こちらも再読・再鑑賞をしたい。


ロアルド・ダール氏に関しては、中学生くらいの頃に町の図書館か何かで幾つかを読み、何とも不思議な世界観に大変魅力を感じたと言う記憶がある。
その後、ティム・バートン監督とジョニー・デップ氏主演による2005年の映画「チャーリーとチョコレート工場」を劇場で鑑賞し、本で読んだあの不思議な世界観が、その想像を超える形で映像化された感動は忘れられない。
「夢のチョコレート工場」と言うタイトルで、1970年代に既に映像化されているとその時に知り、そちらもその頃に鑑賞。その当時はあまりハマらなかったが、今見るとひょっとしたらそちらのバージョンの方が好みかも知れないなと思っているので、近く再鑑賞したいと考えている。
また、12月にはティモシー・シャラメさん主演で「ウォンカとチョコレート工場のはじまり」なる映画も公開との事で、これも非常に楽しみ。

更にロアルド・ダール氏について続けると、数年前に古本屋で購入した「酒の本棚」と言うサントリー社が手がけた本の中に、「執事」と言う書き下ろしの短編が掲載されており、それをきっかけに数年ぶりに筆者の本を読み直した。その中には、今作の原作である「奇才ヘンリー・シュガーの物語」と言う大きくなった子ども向け短編文学と言っても差し障りの無い短編や、「あなたに似た人」と言う更に大人向けの短編集など、幾つかを読んでいたタイミングと言う事もあり嬉しくなった。
大好きな作家さんの物語を、これまた大好きな映画監督により映像化される事がとても楽しみだった。

ウェス・アンダーソン監督作品の、『日常が非日常になり、非日常が日常になる』と言った様な何とも不思議な世界観は、ロアルド・ダール氏の作品の世界観とも共通する様に思えるし、同監督作品の畳み掛けるように語るセリフまわしは、翻訳版とは言え『読みやすい文法表現、簡潔な言い回し、何より早く次の展開を読みたいと思わせる描写』などによる、一気に読み進めたくなる同氏の文章とも一致する様に思え、とても相性の良い組み合わせだなと感じた。



さて本編についてだが、真っ先に大変に素晴らしいものだったと言う事を述べておく。

スタンダード画角のフィルム映像、まるで演劇の舞台を観ているかの様な作り込まれたセット、そしてそのセット転換など舞台裏を敢えて見せる、衣装の早着替え、ストップモーションアニメをさらりとインサート、何もかもがとても面白い。

原作の文章の朗読を、映像付きで聞いているかの様な感覚。
ところどころ端折っている箇所も見受けられるが、大筋に違いは無く、原作ファンとしても納得の完成度だった。


制作の発表を受けて再読した際には、読んでいる文章を、脳内でウェス・アンダーソン監督作品の映像のイメージで妄想していたのだが、その答え合わせを斜め上からの回答表現で畳み掛けてくる感覚が、とても心地よかった。
良い意味で裏切られるとは、まさにこの事だと思える。

ヘンリー・シュガーが3年と3ヶ月の修行の後、身に付けた特殊能力を実践する為にカジノに行く。ここが「ローズハウス」と言う名前のお店なのだが、私はこれを原作を読んだ時には「ローズ(Rose/バラ」とばかり思っていた。しかし、今作のカジノのセットに記載された店名は「ローズ(load‘s/貴族)」とあり、驚きと納得があった。
確かに原作にも「侯爵の私邸で、かつては貴族や王族が集まった」との説明はあったが、スペルや店名の由来などは書かれていなかった為、てっきりバラの方のローズだとばかり思ってしまっていた。

また、日本語字幕では「壮麗な建物」とだけ書かれていたが、実際のセリフでは「magnificent georgian mansion 」と言っており、原作にある「ジョージ王朝期の壮麗な建物」と言っていた。



最後にお酒について書いて終わる事にする。

【お酒】
ドンペリニヨン
フランスシャンパーニュ地方で生産される高級スパークリングワイン。
「ドンペリ」の略称でも知られる。

カジノに行く直前、髪の毛と髭が伸びた状態でカードの修行に励んでいる時、息抜きで飲んでいるお酒。
グラスは、シャンパングラスと言うよりはワイングラスと言った方が良さそうなゴブレットで、カラーや石などは施されておらず、カッティングのみのシンプルで飽きのこなさそうなデザインに思えた。

また原作では、「ウイスキーをどぼどぼ注いで」とあったが、今作ではシャンパンに代わっていた。
シャンパンの方が高級なイメージが強いかと思われるので、お金持ちである事を表現するのには、ウイスキーでは無くシャンパン、中でも高級シャンパンのドンペリニヨンに代わっていたのには、そう言った意味合いがありそうだ。

そして、この「どぼどぼ」に関しては、確かにシャンパンを「そっと」は注いでいないが、決して「どぼどぼ」とまではいかない注ぎ方に思えた。
むしろ、シャンパンの栓を抜く際に「ポン」と音を立てて抜いていたのが、「ドボドボ」と同意義に思える。

どう言う事かと言うと、それは以下の通り。

原作では、修行内容が精神をすり減らして行うものなので、それ以外の事には気を使っている余裕は無いと言う意味合いとして、「どぼどぼ」注いだのだと思われる。
ウイスキーは度数の強いお酒なので、あまりどぼどぼ注ぐことは無い。
また、その様に勢いよく注ぐとグラス内に澱が混ざってしまい、味を落としてしまいかねない。
澱とは、液体内のとある成分が凝固したもの。
液体内の成分の凝固物なので、再溶出しても味に大きな影響はないが、澱そのものには苦味などを伴う。


そして映画版の、シャンパンを「ポン」と音を立てての開栓シーン。
シャンパンの栓を抜く際に音を立てるのは、パーティなどで景気をつける為によくある行為だが、炭酸が抜け過ぎたり、液体が吹き溢れたりする恐れがある為、「シュッ」と言う程度の音になる様に気をつけて開栓するのが本来のやり方。
ヘンリー・シュガーは家柄から推測するに、おそらくそう言った教養を身につけているはずで、シャンパンの開栓方法について知らないはずは無いと考えるのが妥当。
また、原作にはウイスキーをどぼどぼ注ぎ自身の成功を喜ぶと言う内容で表現されていたので、映画版でシャンパン開栓時に音を立てたのには自らへのお祝いの意味も含むのかも知れない。

ヘンリー・シュガーが、シャンパンの栓を「ポン」と音を立てて抜いているのには、そう言った意味合いがあるのではないかと思われる。

ちなみにシャンパンの開栓時の「シュッ」と言う音を、「天使のため息」なんて表現したりもするのだから、つくづくお酒関係の人間はロマンチストだなと考える。
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