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PERFECT DAYSのahocchiのネタバレレビュー・内容・結末

PERFECT DAYS(2023年製作の映画)
4.6

このレビューはネタバレを含みます

巷では「何気ない日々の中で幸せを見つける大切さを感じましたっ♪」みたいな感想が多い様に感じるのだけど、僕は全く逆に感じた。

そこにあるのは、社会的弱者男性の諦念、圧倒的孤独と社会からの隔離、拒絶。そうした中で、何とか自己肯定をしようと奮闘する姿の様に思えた。

まず平山のキャラクターは、寡黙では無いと思う。姪っ子や最後のママの元夫とは普通に話しているし、金髪の女の子にキスをされれば満面の笑みを浮かべながら銭湯に入るし、行きつけの店のママが抱き合っているのを見てしまうと吸えもしないタバコとヤケ酒を買って傷心する。感情が豊か過ぎる。
話さないのは、どうせ自分から離れていくのを分かっているから意図的に距離を取ろうとしているのでは無いか。
コミュニケーションを取ると縁が生まれる、期待をしてしまう。そこに対する恐れ。

次に完璧主義者でも無いと思う。
変わらないことなんかあってたまるか、というのは、柄本のトイレ掃除を真面目にやったところで何になるのか、という問いに対する答えであろう。
もうどうしようもない自分の人生に対して、何とかして良くしたいというささやかな抵抗。
それが草木を育てる事であり、トイレ掃除をする事。

そもそも、平山は恐らく家柄が良いのでは無いか、と思う。
読む本や聞く音楽の文化水準を考えるとそう思わざるを得ない。
更には、妹は運転手付きの車で来ていたが、父親との不和に触れている事を考えると家が名家なのではと思ってしまう。
古本屋の店主が、幸田文について、物凄く良いのに何で評価されないのか、と言っていた(幸田露伴の娘であるからこそ売れたし、幸田露伴の娘であるからこそ世間の期待値が高すぎて、評価されない)事がそれを示唆している様に思う。完全な推測だけど。

父親との不和で全てを捨てて家を出て今の生活をしている事の絶望感。
迷子の子供を助けたらお礼も言われずに手を拭かれる様な「穢れ」を孕む仕事。
だからこそ、人との縁を持つ事に恐れる。
古本屋さんが、11の物語の際に、恐怖と不安は違う、うまく書き分けた、と言っていたが、この映画に流れる緊張感は恐怖ではなく、平山の不安感だったのだと思う。

そうした絶望感の中で、何とか自己肯定(これで良いんだ)を得ようとする営みがトイレ掃除を丁寧にやる事。
だからこそ、ラストシーンで涙を堪えきれない中でも何とか笑おうとするのでは無いか。

思えば、映画で印象的に描かれるのはダウン症の男の子やホームレスのおじさん、癌に侵されたおじさんと、進みゆく社会から隔絶された存在だった。
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