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PERFECT DAYSのSSのレビュー・感想・評価

PERFECT DAYS(2023年製作の映画)
5.0
平山の生きている世界はなんて暖かく、美しく、寂しい世界なのだろう。

必要最低限のコミュニケーション、コミュニティ、秩序だった習慣。
この人は自分の必要のないものを全て削ぎ落とした。そして残ったものは、大切な自分自身だけの世界だ。

平山は一見ぶっきらぼうで厭世的な人間に思えるが、日を追うごとにその認識は間違いだった事が分かる。
彼が口を閉ざしているのは優しさ故であり、彼が愛想を振りまかないのは自分の責任の範疇を知っていることと、中途半端に物事を成すことが出来ないが故にいくつもの事柄を抱え込めないという彼の性格からきているだけで、選ぶべくしてこの暮らしを送っているのだ。

自分の要らないものを捨てていく。
入れ替わる新しい商品の数々や、見栄や権力欲、愛想笑い、怒りに憎しみ。
あるのは生きる上で必要なものだけ。
食事と規律ある生活、いくつかの自然に通ずる素朴な趣味、物語と太陽、草木と音楽…。
そしてその必要な物の中にはしっかりと愛や優しさは残っていて、まるでこの暮らしの呼吸が、人間は生まれながらにして善なるものだ、と優しく僕に教えてくれているようだ。
厳しさは優しさであり、優しさとは愛である。

自分の秩序だった生活が脅かされない限り、彼は優しさに包まれた暮らしを送ることが出来る。
そして彼は今の暮らしに心から満足しているのだ。
日々僕たちが感じている愛憎の数々、雑多な苦しみや悲しみ、騙し合い。
彼はそれらを見放した。
この美しい暮らしは、悟った人間に訪れる答えの形のひとつなのだろうか。
俗世を生きるものは彼をぞんざいに扱い、ときに好奇の目を向け、ときに憐れみ、蔑む。
俗世を見放した人間は、俗世に縋り付いている人間に哀れみの目を向けられても、彼女に微笑み、抱きしめ、涙することが出来るのだ。
あの涙はいったい何に向けられた物だったのだろうか。彼女に向けられたものか、父に向けられたものか、それとも自分自身に向けられたものか。

27歳になった今、このタイミングでこの映画と出会えて良かった。
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