2023年のジュスティーヌ・トリエ監督作品。同年のカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した。
人気小説家サンドラはフランス郊外の山荘で夫と息子と暮らしていた。ある日、屋根裏部屋の窓から転落死した夫を視覚障碍を持つ息子が見つけ彼女は他殺の嫌疑をかけられる。サンドラは友人の弁護士と裁判に臨むが、その過程で夫婦関係が破綻していたことを示唆する証拠や証言が次々と明らかになり…。
タイトルからプレミンジャー監督の1959年の名作『或る殺人』(Anatomy of a Murder)を想起するが本作は真実が徐々に明らかとなるタイプの法廷ミステリーではない。事件の真相は断片的な情報の中で揺れつづけるが、かといって『羅生門』的な着地も示されない。このためわかりやすいカタルシスは無い。
解剖学とは主に死体を切り開きその死因や病因を研究する学問のことだが、本作が扱う「落下」とは転落死した夫のことと言うよりは、サンドラとサミュエルという夫婦の関係性を指すのではないか。愛や信頼、紐帯という熱を失い冷えきった夫婦を死体に見立て、その死因を断片から探っていくような映画。
情報の断片化は徹底されており回想のように見せられるシーンすら実際の出来事とは限らないことが画質の変化やセリフのリップシンクで表現される。夫婦とは元は他人同士の2人が結ぶ特殊な関係性だが、その生まれと同じくらい本当の死因も第三者には計り知れないのかも。夫婦になった経験ないけど。
裁判ではサンドラにある判決がくだり転落死事件は一応の決着を見るわけだが、それは制度上の落とし所でしかなく、真相はさっぱりで全くスッキリしない。ともすればわかりやすい因果関係(妻の浮気、夫の職業的不遇、息子の障碍、過去の作品内容…)で説明したくなる観客の衝動を拒絶するかのようだ。
主演のザンドラ・ヒュラーの演技が素晴らしく、搾取と不貞の果てに夫を手にかけた悪人のようにも見えれば、異国で夫のモラハラを受けながらも己の才覚で名を成した人物のようにも見え、映画が終わってなおどちらとも断定できない。たった2人の人間関係の真相すら第三者には所詮わからんのかもしれん。
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