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関心領域のtkのネタバレレビュー・内容・結末

関心領域(2023年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

健康で文化的な最低限度の生活を営む、とあるドイツ人一家の日常。
アウシュビッツの地獄とは打って変わって、広大な庭に温室やプールを備えた楽園のような邸宅。
当時のドイツ人の中でもとりわけ恵まれた環境であったのだろう。
所長の奥方が駄々をこねるのも頷ける、好待遇からも察するに余りある豊かさ。
昼も夜も不穏な叫び声や怒号が聞こえることに慣れてしまえば、これ以上ない環境だったのだろうか。
作中、塀を隔てて環境音は聞こえるものの、具体的な虐殺はおろか、人が亡くなるシーンも一切ない。
それがむしろ観客のもどかしさを煽り、一体どんな残虐行為が行われているのだろうと想像を膨らまさせる作り。
物語の主人公として浮かび上がってくる、ルドルフ・フランツ・フェルディナント・ヘス所長。
彼は家庭のために、国家のために、勤勉に働く良き父親であり、良き夫だったのだろう。
それも想像に難くない。
彼のような有能な所長たちが大勢テーブルに並ぶシーンが圧巻だった。
国の内外にこんな収容所がそんなに!!
“荷物”を効率的に焼却、処理する画期的なシステム、大戦末期の恐るべき移送計画。
ヨーロッパからユダヤ人を抹消するという行いが当たり前のように具体的な計画として議論される。
人は仕事として上から指示されれば、如何に非道な行いであっても実行してしまう。
そんな人間の弱さ。
所長が後に語ったといわれるように、歯車になってしまえば、命令に背くことなど容易ではない。
多少思うところがあっても、いとも容易く捻じ曲げられてしまう。
かの有名なアイヒマンの名も出てくる。
ふと思ったのは、もしナチスドイツが大戦に勝っていたならば(恐ろしいことだが)、後の歴史にこの虐殺はどう語られたのだろうか?ということ。
かつての同盟国として日本も対岸の出来事ではない。
そう考えると日本に原爆が落とされたことも(許される事ではないが)、連合国側の視点も視える気がした。
しかしそれは、大義があれば虐殺もやむなしという恐ろしい理論に他ならない。
連合国、枢軸国と言い方が違うだけで、やっている事は同じ。
日本も時代のせいにしても、領土を拡大した国家でもあった訳で。
民族、国家という帰属集団意識、愛国心。
そして既得権益に縋る人間の醜さ、浅ましさ、厚かましさ。
他人事ではないのだろうが、自分に当てはめるのはなかなか難しい。
とはいえ、集団に帰属する自分も常に己の行いを省みていかねば。
という想いを新たにした...。
本作はそんな未知の視点から、自らの関心領域の一歩外へと我々を誘う、新しい戦争映画だった。
想像してごらんというジョン・レノンの唄のような、そんな隣の塀の奥のはなし。
アカデミーで国際長編映画賞を獲ったのも、海外のアウシュビッツやナチスへの知識や関心の高さを伺わせるところ。
関係ない事だが「オッペンハイマー」も直接酷い描写をしないのなら、これくらいの悍ましさを描き出すべきだったのではないかとも思った。
観た後に頭がグラグラするヘビーな後味。
しかしてこれこそ、映画の成せる技に違いない。
まだまだ自分の関心領域の狭さたるや。
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