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関心領域のogiharaのレビュー・感想・評価

関心領域(2023年製作の映画)
4.0
ヘス邸住人のヤバいヤツレベルには何段階かあるらしい。だからこの映画は、彼らはまったく普通のひとで現代に生きる私たちも決して無関係ではないとも、あるいは逆に、彼らはまったく理解不能の悪魔だったとも言おうとはしていないと思う。どちらの理解も事実を単純化しすぎている気がするし、本作に特徴的なやや引き気味のカメラワークは、複雑な事実を客観視しようというコンセプトのあらわれだと思われる。

以下は登場人物のヤバくない順だ。
①心優しきお手伝い女子
夜中に収容所に忍び込み、囚人の作業場に食べ物を置く、劇中唯一の救い。彼女はユダヤ人なのだろうか?奥様は母親に「近所の人」と説明しているが、ユダヤ語での会話のシーンがある。
②奥様の母親
ヘス邸に移住してきた。最初は豪奢なヘス邸に喜んだものの、庭をウロウロするユダヤ人や壁の向こうの発砲音や焼却炉の煙が気になって(良心によるものかは不明だが)、突如家から出て行ってしまった。
③子どもたち
特に何も考えていない。無害だが、選民思想の再生産を予感させる。
④ヘス(主人)
劇中最も複雑な人物だと思った。SSに貢献したい勤勉な人物でありながら家族思い。興味深いのは、ユダヤ人虐殺についてどこか良心の呵責を感じていそうだということ。アウシュビッツから出ることに反対されて驚いたりナチスのパーティーを上から見て全員殺害する妄想をしてみたり。ラストの嘔吐にはいくつかの解釈があり得ると思う。とはいえ奥様の意思は尊重したいのか「ヘス作戦」実行が決定した際には奥様に電話して、アウシュビッツに戻れて嬉しいとか言ったりしている。
⑤奥様
「関心領域」を体現する人物。隣で人が殺されている事実を知りつつごく日常的にふるまっている。園芸やったりユダヤ人から押収したと思われるドレスを試着したりする。自分が作り上げたこの生活が大好きなので、アウシュビッツに残りたいと旦那に主張してドン引きされていた。彼女の図太さは「私たちと同じふつうのひと」ではもはやあり得ない、理解を超えた人物として描かれている。

とはいえ、ラストに突如挿入される現代のアウシュビッツを映したシーン(ロズニツァ『アウステルリッツ』的な)は明らかに〈人間は、ホロコーストを証する証拠・現場を目の前にしながらも、行なわれた悲惨への想像力を停止させ、日常の仕事(=掃除)に徹することができる〉という恐ろしさを描いていて、現代人のふるまいと奥様の恐ろしさとを結びつけざるを得ない。
奥様の悪はいわゆる「凡庸な悪」ではない。しかし理解を超えた図太さ・無関心さ・無神経さでさえも、ガザの悲惨を知りつつ日常を楽しく暮らす私たちと地続きなのだという、アーレントの主張よりもさらに深刻な結論を本作は突きつけていると思う。
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