猫脳髄

関心領域の猫脳髄のレビュー・感想・評価

関心領域(2023年製作の映画)
4.0
ハンナ・アーレントはアイヒマン裁判の傍聴を経て、ナチスにおける「悪の凡庸さ」を看破した。本作でジョナサン・グレイザーは、アウシュヴィッツ絶滅収容所に隣接する自宅に暮らす所長ルドルフ・ヘスの忠勤ぶりとその家族のごく一般的な暮らしを映し出し、「悪の凡庸さ」の映像化に首尾よく成功したといってよいだろう。

任務にひた向きで上司には受けがいい。部下にも慕われ、愛情を込めて子どもたちに接するヘス。豊かな生活に満足する妻とは仲がいいが、単身赴任をめぐり険悪になったり、お互いちょっとした火遊びをしてみたりと、まるで現代の我われと同じ市井のサラリーマンのようだ。

しかし、彼らは「関心領域」(※)以外の出来事は、例えアウシュヴィッツから絶えず煙が上がり、空間が銃声と怒声、人びとの悲鳴で満たされていても関知しない。一夜で逃げ出した親類や様子がおかしくなった一家の娘とは異なり、状況を完璧にシャットアウトし、抑圧しているのだ。悪とはまさに、抑圧による無関心の産物であることを本作は告発する。

クリアなパンフォーカスとスタティックな全景描写で、ともすれば我われもここが人類史上に残る大虐殺のまさにメッカであることを忘れそうになるが、グレイザーは始終響きわたる「音」で意識を呼び覚ます。映像と音のギャップ、あるいは緊張関係がアウシュヴィッツの異常さを強調する。

終盤で描写されるヘスの突然の「嘔吐」も衝撃的で、もしそれが抑圧の回帰に耐えられなくなった神経症的発作だとすれば、ナチスの幹部とて、我われと変わらない「人間」であることを暴露していることになる。ともすれば怪物として描写することで、ナチスを周縁化して安心を買った戦後映画の枠組みを揺るがすエポックメイキングな名作である。

※原作では、絶滅収容所こそ親衛隊の「関心領域」の謂ということだそうだ。関心なき領域である生活は市井の人びとと何ら変わらないという解釈もし得る
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