わかうみたろう

瞳をとじてのわかうみたろうのレビュー・感想・評価

瞳をとじて(2023年製作の映画)
5.0
 話している人物たちの顔をひたすらピントの浅いクローズアップとバストショットで優しく取り続ける前半では、登場人物たちの記憶を声によって観客と共有する。失踪した俳優だけでなく、彼を中心として想起される記憶を思うときの優しい表情を捉えることで、カメラではあえて映し出さなかった街並みや空気感を過去の記憶により描写する。人物の表情と声に記憶が宿っており、それだけで当時の風景さえも蘇らせてしまうと言ったら言い過ぎだろうか。現在を切り取ることでもって過去や夢を描くこのシンプルだが力強い表現方法は濱口龍介の作品群を思い返せずにはいられない。あるいは誰かと共に眼差すことの優しさをレンズと重ねている点では三宅唱の『夜明けのすべて』も近似しているともいえる。

 冒頭の撮影が終了しなかったフイルムの影像の後に流れる電車のホームは灰色がかっていていかにも凡庸な景色だ。そこには歳を取って退屈をしている主人公、あるいは映したいものがなく退屈して見ている監督の目線が重なる。ビクトール・エリセ監督は、一見凡庸な撮り方を積み重ねることで、画面の美しさではなく、誰かと共有してきた記憶、あるいは映画という夢を思い返す時の美しさを徹底して表現しようとしている。

 記憶を共有することにより生まれる親密さは人生の宝物である。しかし現代ではどれだけの人が長い関係性を築くことで生まれる、老いの恐怖を忘れる術、を持ち合わせているだろうか。監督は映画を作ること、見ることによる感動を覚え思い出し続けることで、一方向に流れていく時間の中を生きているように見える。

 施設で記憶を失った俳優と出会うことで蘇る、動的な画面と主人公のエネルギーは映画に依っている。映画の力が失われつつある現代を生きていない、20年の空白がある俳優を通して、物語の想像と映画の持つ力への希望によって、現代の映画たちが失ってきた空白を監督は埋めようとする。

 前半に強調されてきた人物たちの眼差しは、ラストに記憶をうしなっていた俳優の20年に及ぶ空白、あるいは彼の全人生に向けられることになる。その記憶はこの映画が積み重ねてきた記憶と重なり、『瞳をとじて』想起させることでスクリーンという境い目を越え観客と映画内の人物たちが共有することになる。


----------------------------


 カフェで隣の人たちがここに居ない人についてこっそり話してるとこを盗み聞きするとね、自分もその人たちの記憶を共有してる気分になるの。話題になってる人とは会ったことないのにね、その人がどういう人なんだろうってのが想像出来ちゃうんだよね。だから隣の人が話題に上げてる人を怒ってる気持ちとか笑ってる気持ちとかも共感しちゃう。自分はコーヒー飲んで、タバコ吸ってるだけで話には入らない、というか入れないけど、誰かと同じ空間に居ると感じる。話題にされてる実際には居ない人のおかげで私は誰かと一緒にいるって気持ちになれるの。
 
 それって孤独よ、けど正直なところ人間ってそれぞれ感じ方とか持ってる記憶とか、時間の流れ方とか全然違うから皆一人の世界を生きてるわけで、私は誰かと関わるのって、こんなことだけですごく満たされてくるのよ。自分は人と話す時に多くの言葉を発せられないけど、人との繋がりはこういう身勝手なやり方で楽しいの。隣りにいる人は私のことなんて微塵も気にしてなければ、カフェからでて思い出すこともないでしょうけど、私はいつも心の中で、顔もわからないで声だけで隣りにいる人たちと、その話に出てた人に感謝してる。世界はこんなことで溢れてるんだよ。誰かと誰かの記憶は別の誰かが勝手に共有してて、見た目ではコミュニケーション取ってなくてもひっそりとやり取りしてんの。 

 そういえばさ、最近『瞳をとじて』って映画見たんだけど、長いのね、2時間半くらいかな、一人でさ何度も脚組み直しながら。それが面白いの、まあカフェの盗み聞きと比較しちゃ失礼だけど、なんか似たような感じ。声が優しかったり、怖かったり、たまに肩で息してる姿とかが視界にチラついたりね。居なくなった俳優についての話を永遠とする前半が展開はよくわからないけど魅力的なのは映画ン中のキャラと同じ記憶をちょっとづつ共有してってるからかな、私が。勿論キャラ一人一人が持つ居なくなっちゃった俳優の記憶も違うわけだから私の感じてる俳優像ともズレがある、というかズレしかないんだけど、やっぱ同じ空間にいるような、親密さは覚えちゃうのよ。

 怖いよね、映画ってさ、居ない人を眼の前に呼び寄せちゃうんだよ。映画館でタバコ吸えたら完璧なんだけどまあそれはともかくとして、私はさ、こういう記憶の共有の公共的な面って大事だと思うよ。人の心を暖めるし、少なくとも私は暖まったしさ。孤独に抗うだけで人生を終わらせないっていう、希望とか力が湧いてくるわね。うん、いい映画ってそういうこと。