うえびん

瞳をとじてのうえびんのレビュー・感想・評価

瞳をとじて(2023年製作の映画)
4.1
魂を呼び覚ます記憶

2023年 スペイン作品


劇中劇からのある人の記憶を辿る旅へ
そして再び劇中劇へ

映画が語る映画
展開が素晴らしい

シーンの切り替わり
暗転の間に独特の余韻が残る

少ないセリフの余白
登場人物の眼差しと沈黙に
しみじみと感じ入る

寡作で知られるビクトル・エリセ監督
人の名前の意味を問いながら
過去作の登場人物と
同じ名前が出てくるのが興味深い

『エル・スール』でもドラマの背景にあった
スペイン内戦とは
スペイン人にとってどんなものだったんだろう


『「正義の戦争」は嘘だらけ!』(渡辺惣樹・福井義高)


福井)1936年7月に始まり1939年4月に終わったスペイン内戦は、第二次世界大戦とは直接には関係のないローカルな戦いでした。しかし、共産主義者によるプロパガンダの大成功例であり、反面教師として再検討すべき戦争です。デモクラシー(共和国政府)対ファシズム(フランコ)の戦いという枠組みは、全く実態を反映していない神話です。

渡辺)正確に言えば、左翼連合の反カトリックの共和国政府を強く支える共産主義者(人民戦線派)と、カトリック教会などの保守派(フランシスコ・フランコ将軍率いる国民派)との間の「内戦」でした。アドルフ・ヒトラーやベニート・ムッソリーニが介入したのも、欧州を共産主義化させないために動いたのです。防共のための自衛戦争でもあった。

福井)残念ながら、言論の世界では、共和国側が共産主義暴力革命勢力であった事実を糊塗し、今でも「正義の民主的共和国(=人民戦線派)」と「悪のファシスト反乱軍(=国民派)」という構図に凝り固まった知識人が主導権を握っています。確かに独伊の介入に助けられはしましたが、ソ連の傀儡と化した共和国政府と違い、内戦中、フランコは両独裁者と適度に距離を置いていました。伝統的保守主義者でスペイン第一のフランコは、ヒトラーの強硬な要請にもかかわらず、第二次世界大戦では枢軸国に加担せず、中立を維持しました。ヒトラーが大戦の前哨戦としてスペインで最新兵器を試したなどというのも事実ではありません。

渡辺)スペイン内戦では、ソ連によるパブロ・ピカソやアーネスト・ヘミングウェイなどを利用した大規模なプロパガンダ工作が展開されました。『世界史』の教科書には、ピカソの「ゲルニカ」(ドイツ空軍のコンドル軍団によってビスカヤ県のゲルニカが受けた都市「無差別」爆撃を主題にしている)が必ず掲載され、反戦絵画の傑作と紹介されますが、とんでもない。

ピカソという人物をもっと知るべきです。ピカソは1944年にはフランス共産党に入党、1950年にはスターリン平和賞を受賞。1956年のフルシチョフによるヨシフ・スターリン批判後、同賞がレーニン平和賞と改称された後の1962年にも再度受賞しています。完全に“赤”ですよ。こんな人物を現代の美術商は高く評価し、作品が法外な値で取引されている。欺瞞もいいところです。

福井)ヒトラー政権誕生当初、ドイツの哲学者マルティン・ハイデッガーはヒトラーを支持する発言をしたために、今も非難され続けています。早い段階からハイデッガーは政権と距離を置き、ユダヤ人虐殺とは何の関係もないのに。

一方で、自国民に対する大量虐殺がすでに国外にも伝えられていたスターリン時代、スターリン万歳だったピカソや、スターリン傀儡の共和国政府支持者だった音楽家のパブロ・カザルスは「平和の闘士」として、いまだに称揚される。呆れるほどのダブル・スタンダード、全くおかしな話ですよ。


スペイン内戦に限らず、『世界史』の教科書では、戦争が正義と悪の二元論で語られることが多いが、そんなはずはないとあらためて気づかされる。人と人、派閥と派閥、国と国が争うということは、どちらにも譲れない理由があるはずで、自分たちの側の正当性を誇示するためにプロパガンダが行われるのだと。


渡辺)人民戦線派はスターリンに介入してもらいたいため、窮余の策としてプロパガンダ工作に走った。ソ連もその流れに乗った格好でした。

福井)ソ連にとって好都合でした。スペイン内戦はスターリンにとって、同時期のソ連国内の政権軍幹部及び民衆に対する大粛清から欧米諸国の目をそらすうえで、大きな利用価値があったのです。(中略)ゲルニカ空爆については、そこには人民戦線軍の部隊が配置され、軍需工場も存在したれっきとした軍事拠点ですから、戦時国際法上、爆撃しても何ら問題はありません。わざと一般民衆を狙って落としたわけでもない。

ただ失敗だったのは、フランコ側が「敵が退却する際に自ら行った」と虚偽の言い訳をしたことです。軍事目標への攻撃だったと最初から主張すればよかった。

渡辺)犠牲者数にしても、120人程度。ところが、ピカソの「ゲルニカ」によって、フランコ軍は非人道的であると印象操作されたのです。今のロシア軍よりも酷く扱われた。そもそも空爆は人民戦線軍が先に始めたことでしょう。

福井)空爆のみならず、共和国側はほかにも人心が離れるような残虐行為を数多く行っています。

渡辺)教会の聖像まで破壊し、尼僧も大量に強姦して殺している。

福井)フランコは団結優先で、共和国政府すなわち人民戦線派に反対する諸勢力「国民派」として巧みにまとめました。一般民衆も、フランコ側に傾いていた。ヒトラーは保守的なフランコを嫌っていましたが、フランコはもともと共和国体制を忌み嫌っていたわけではありません。人民戦線派が過激化し、反対勢力への弾圧を強める中で、伝統的なスペイン社会を守るため、やむを得ず決起したともいえます。軍内部でも意見は分裂しており、共和国側についた軍人も多かった。

渡辺)スペイン内戦で活躍した芸術家の面々は、戦後もフランコのことを“ファシスト”と決めつけ、貶めていますが、違います。

福井)しかし、今日のスペインでは人民戦線派を賛美し、フランコを非難するのが正統史観となっています。それは違うと言おうものなら、スペイン本国も含め欧州では「極右」「ファシスト」のレッテルを貼られてしまう。


本作では政治的なテーマは扱われていない

唯一登場する
フランコ総統(の独裁)という名前

作中の「名前に意味が…」との問い

フリオ・アレナスにとって
自らの主演作がそうであったように

スペイン内戦を体験した
スペインの人たちにとって
その名前が

魂を呼び覚ます記憶なのかもしれない

実像と虚像(映画・プロパガンダ)
そのどちらにしても
うえびん

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