耶馬英彦

湖の女たちの耶馬英彦のレビュー・感想・評価

湖の女たち(2023年製作の映画)
4.5
 考える要素がありすぎて、なかなか整理のつかない作品である。大作と言っていい。最初は高齢者施設での出来事からはじまる。事故か事件かはまだ不明だが、高齢の老人が亡くなった。その老人には過去があり、夫人の記憶を遡ればハルビンの凍った川の思い出に至り、資料を遡れば日本軍の人体実験にまで及ぶ。

 福地桃子の演じる池田記者は、もう少しで過去の事件と現在の事件のふたつの真相に辿り着けそうなのだが、権力者に阻まれ、刑事や親に阻まれる。刑事のひとりは、同じ過去の事件を追い、同じように阻まれた過去がある。警察の限界を感じ、刑事という仕事に誇りを持てなくなって、反動で警察の悪い部分を代表するようになってしまっている。

 殺人事件と断定されたため、警察は帳場を立てなければならなくなる。そこで警察の悪い部分、つまり権力の濫用がはじまる。警察の威信をかけて、事件の早期解決を図るのだ。つまり誰かを犯人に仕立て上げる訳である。
 警察に推定無罪の考え方はない。疑わしきは自白させて有罪にする。警察官に人権意識はない。権力意識だけだ。日本国憲法38条など読んだこともないのだろう。憲法の意義どころか、日本に憲法があることさえ、知らない警察官もいるだろう。警察は常に権力の側であり、庶民の味方であったことは一度もない。

 松本まりかの介護士豊田佳代は、過去のトラウマから、マゾヒストになってしまった。強圧的に凌辱されることに快感を覚える。そういう相手は、直感的にわかる。危険だと知っているから近づいてはいけないと理解しているが、体は命令され、人格を蹂躙されることを求めている。

 財前直見は辛い役だった。介護士という職業に対する不当な低評価は、過酷な労働に見合わない低賃金に象徴される。建設業の土方と同じで、一番きつい仕事が一番賃金が安いのだ。それでも患者や入居者から感謝されることに喜びを感じて、毎日の作業をこなしている。刑事から職業を貶められる謂れはない。

 時代に押しつぶされるような女たちの不幸は、過去からの負の遺産を背負い、未来の不安と恐怖を抱えながら、これからも続いていく。物語は完結しないし、事件は解決しない。長すぎて対岸が見えない橋のように、未来が続くのかさえもわからない。

 凄い作品だった。
耶馬英彦

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