耶馬英彦

バティモン5 望まれざる者の耶馬英彦のレビュー・感想・評価

バティモン5 望まれざる者(2023年製作の映画)
4.0
 同じラジ・リ監督の「レ・ミゼラブル」でも、唐突なラストシーンに面食らったところがあったが、本作品のラストシーンも意見の分かれるところだと思う。イスラム青年ブラズは火をつけるべきだったのかどうか、犠牲者を出すべきだったのかどうか。

 アビーはブラズに対して、口癖のように「どうして怒るの」と言う。怒りは憎しみになり、憎しみは暴力につながることを懸念しているのだ。ではアビーが怒らないかというと、そうでもなく、ものに当たることもある。しかしなるべく怒らないように感情をコントロールしている。暴力は絶対に振るわない。

 しかし臨時市長のピエールは別だ。自分で暴力を振るわずとも、警察という暴力組織を指揮することができる。ピエールは裕福で、困っている人々の気持ちが理解できないし、理解するつもりもない。政治家は政党の権益を守り、地域を統治するのが仕事だと思っている。加えて、移民たちが自分や家族を襲いはしないかという被害妄想もある。現に妻の自動車は被害を受けた。ここは先手必勝だ。
 ピエールは私腹を肥やすタイプではなく、真面目に職務をこなそうとしているだけだが、人間を理解していないから、自分の思い通りに人々を従わせようとする。臨時だから、おそらく任期は前任者の残りである短い期間だ。性急に結果を出そうとするあまり、暴力装置を使って無理な計画を強行する。

 人々の多くは反発を覚えながらも自分の無力を自覚し、諦める。しかしブラズは別だ。怒りが憎悪となり、沸点に達して暴力の発露に至る。ブラズがテロリストになると、臨時市長は被害者となる。可哀想な遺族として、執務することになると、移民たちの立場はますます悪くなるだろう。アビーが心配していたことが現実になる。
 ラストシーンをどうするか、製作側も悩んだだろうと想像するが、本作品のラストがギリギリの選択だったのだろう。たくさんの問題を炙り出した作品だ。
耶馬英彦

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