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パラダイスの夕暮れのnoteのネタバレレビュー・内容・結末

パラダイスの夕暮れ(1986年製作の映画)
3.8

このレビューはネタバレを含みます

舞台は1986年、フィンランドのヘルシンキ。独身の中年男性ニカンデルは、ゴミ収集の仕事に勤しみ、LL教室に通って英語を学び、時にビンゴに興じる生活を送っていた。代わり映えのしない毎日だが、ある日、同僚から一緒に独立しないかと持ちかけられる…。

表情の変化が少なく、会話も淡々としている。
シビアな現実も描いているが、なぜか笑ってしまうようなコミカルさもある。
いわゆるオフビートな独特の世界感を持つアキ・カウリスマキ監督作品。
本作は「労働者三部作」の一つと銘打っているだけあって、真面目に働いているけれどもなかなか幸せが掴めない、そんな庶民の気持ちに寄り添った秀作となっている。

同僚にいきなり独立を持ちかけられて面食らったニカンデルは、返事は保留にしたものの、人生に変化の兆しを感じていた。
ところが数日後、同僚は仕事中に突然倒れて死亡してしまう。
ニカンデルは泥酔して店で騒ぎを起こし、気付くと留置場に入れられてしまう。

慌てたり泣き叫んだりはしないものの、こんなことがあったら、人間こうするだろうと「行動で示す」のがカウリスマキ監督の表現の魅力である。

留置所でニカンデルはメラルティンという男性に出会う。
彼は酒好きで、現在は求職中。
職場にメラルティンを紹介したニカンデルは、以降彼と組んで仕事することに。
再び元のような日常に戻るが、仲間の死が頭に蘇り、このままで良いのか?という想いが大きくなる。

生活を変えるには「転職」や「引っ越し」で環境の変化をまず考える人も多いかもしれないが、それにはやはり先立つものが必要。
ニカンデルが変えようと思い立ったのはプライベートだったというのが、保守的で貧しい庶民として共感できるポイントだ。

ニカンデルには好意を寄せる女性がいた。
それはいつも利用するスーパーでレジ係をするイロナという娘。
仕事中の怪我を見たイロナは仕事を放り出して手当てをしてくれた。
彼女もニカンデルと同じ、ぶっきらぼうに話す人間だが、突然こんなに優しくされたらニカンデルでなくとも惚れてしまうだろう。
ある夜、休憩中の彼女を見かけたニカンデルは意を決してデートに誘う。
OKを貰ったニカンデルは張り切って、翌日イロナを職場まで迎えに行く。
しかし、初デートでビンゴ(ギャンブル)施設に連れて行き、ドン引きされて帰られる。
(日本だと初デートでパチンコ屋か雀荘に連れてかれた感じだろう)
「タクシー・ドライバー」でヒロインをデートにポルノ映画に誘うトラヴィス並みの鈍感さ。
長年の孤独で女心を分からないニカンデルには笑えてしまう。

翌日、イロナは仕事中に店長から呼び出され、突然解雇を告げられる。
腹を立てた彼女は、衝動的に店の金庫を持ち出してしまう。
そしてガソリンスタンドでニカンデルを見つけ、郊外へ行こうと誘います。

面くらいつつも嬉しいニカンデルは、メラルティンから金を借り、郊外のホテルに部屋を取る。
下心はあるだろうがホテルの部屋をなぜか2室とって別々の部屋で眠るあたり、ニカンデルの誠実さが感じられて微笑ましい。

レストランで淡々とした食事をする2人。
イロナが何故自分といるのかと聞くと、ニカンデルは「いちいち理由をつける贅沢など俺には無い」と答える。
言い換えると「好きになるのに理由など要らない」と聞こえて、ニカンデルの男らしさが感じられて良い。

翌日、イロナはどうにかして金庫を開けようとしたが開けられなかった。
ニカンデルは金庫を返すよう忠告する。
町に戻ったイロナは張り込みをしていた警察官に捕まり連行されるが、その間にニカンデルが金庫を返しておいたので無事釈放される。

荷物をまとめたイロナはホテルに泊まろうとするが断られ、結局ニカンデルの部屋に転がり込むことにする。
しばらくはニカンデルにとって充実した生活が続き、イロナも新しくブティックで働き出す。
しかし頻繁に職場に訪れるニカンデルに、世間体を気にしたイロナは次第に彼を邪険に扱うようになっていく。
ゴミで汚れた臭い作業服で現れるニカンデルと華やかなブティックの差。
TPOを考えれば良いのに、惚れてるから周りが見えてないニカンデルも悪い。

汚い男を出入りさせたらまたクビになるかもという不安は分からないでもないが、世話になっておきながら彼を疎んじるイロナにちょっと職業差別のいやらしさを感じてしまう。
仕事中はダメよと言えないイロナも悪い。

ある日、メラルティンから映画に誘われたニカンデル。
メラルティンとその妻、ニカンデルとイロナでダブルデートをしようという誘いだ。
しかしイロナは約束をすっぽかす。

朝帰りしたイロナは流石に気まずそう。
冷たい態度のニカンデルに、イロナは明日出て行くと言う。
ニカンデルは今からでもいいと答え、イロナはそのまま出て行ってしまう。
お互いに謝れば良いのに、話し合えば良いのに、どちらも意地になってしまう。
恋人同士のそんな「あるある」な喧嘩にも親近感が湧いてしまう。

ニカンデルは仕事も手につかないほど深く深く落ち込む。
荒れた生活を送るニカンデル。
相方メラルティンに連れられて仕事はするものの、心ここに在らず。
仕事中にレコードを拾ったニカンデルがそれを機に大金を使い、AV機器をそろえるのにハマるのが笑える。
モノは自分を裏切らないと言わんばかりで、イロナとの生活に使うはずの金を使い切る勢い。
ヤケ酒に溺れるよりは健康的か?
機器が全部SONY製。
Made in Japanが最も信頼されていた時代なので高級品だと一目で分かる。

一方のイロナも、ニカンデルに罪悪感と未練を感じていた。
イロナは職場の店長と一緒に食事をして、店長に口説かれたが、ニカンデルのことが忘れられず、(職場差別する店長と自分が同類になるのが嫌で)結局早々に席を立ち、ニカンデルの部屋に向かう。

しかし、ニカンデルは不在で、イロナはそのまま夜明けまで待つが、彼は帰って来ない。
ニカンデルはその夜、金目当ての暴漢に襲われて外で気を失っていた。
怪我を負って入院したニカンデルは、急に思い立って見舞いに来たメラルティンに頼み、イロナの職場へ向かう。
死んだ同僚のように、思い半ばで死んでしまっては、死んでも死にきれないという思いがニカンデルに芽生えたのだろう。

仕事中のイロナに詰め寄ったニカンデルは、突然プロポーズして新婚旅行に行こうと言い出す。
イロナはニカンデルについて行くことを、その場で即決する。

メラルティンに送って貰い、ニカンデルとイロナは港から船に乗り込む。
別れを惜しむメラルティンが船が出るのを見送る。
船が遠くなり、映画は終わりを迎える。

真面目に働いているにも関わらず、変わり映えのしない孤独な毎日に退屈し、または鬱屈し、変化を求めている人間がどれだけいるだろう。
自分を変えたくとも、どう変われば良いのか分からない。
そんな人に勇気を与える作品。

人物が表情に乏しく、感情の吐露や独白すらないのが人間ドラマとしては物足りなく難点に感じるのだが、そんな「他人に思いを伝えるのが下手」な不器用な人間たちが我々不器用に生きる庶民の共感を呼ぶ。
特に私たち日本人は、普段から社会の理不尽に我慢しているから共感する人も多いだろう。
どんな気の利いたセリフより「やはり行動するべきだ」と登場人物たちが教えてくれる。
恋人たちが絶妙に美男美女ではないことも、リアリティがある(笑)

結局、恋人たちは結ばれるのだが、決してハッピーエンドではない。
ラストにゆっくりと遠ざかる船にはソ連のマーク。
行き先のタリンは、当時旧ソ連領で何もかも違う世界。
仕事を捨てていくため、豊かな暮らしどころか安定した生活も難しいだろう。
ニカンデルはそれをはっきりイロナに伝える。
それでも「愛があれば何とかなる」と2人は旅立つ。
不安はあれども2人に幸あれと願わずにいられない。
あまりに不器用な人間たちのほろ苦い味わいの作品である。
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