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哀れなるものたちの傘籤のレビュー・感想・評価

哀れなるものたち(2023年製作の映画)
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下敷きとして『フランケンシュタイン』を参考に製作された本作は、ふんだんに性描写を盛り込んでいる。が、そこに必要以上のエロティシズムは付与されておらず、あっけらかんとした「熱烈ジャンプ」のシーンは、どこかコメディチックですらある。というかベラは性行為を繰り返すほどに世の中の不条理に気付き、自身のアイデンティティを確立させていき、より強く、より知的になっていくわけで、セックスの歓びは一時的なものに過ぎない。ここで描かれていることは「セックス」に対する過剰反応への疑義だったり、女性を性の対象みなしコントロールしようとする男性の醜さ(”遅さ”と言い換えてもいいかもしれない)だったり、そこからベラが主体的に自身の身体を獲得する「解放」についてだったりする。なので、本作の特徴をやたらとエロだグロだと印象付けることは目を曇らせるだけだろう。

すばらしいのは背景の美術だけではない。スポンジのようにあらゆる経験をどん欲に吸収していくベラが、何らかの経験をするたびに変わっていく衣装は、シックさと現代性を兼ね備えた可愛らしくも目を見張るデザインのものばかり。経験を通すことで、社会的でより性的なものへと変化していくため、視覚からストレートに彼女の成長を感じ取れるだろう。
魚眼レンズで撮られた画面の違和感は世界の異様さそのものを表し、ときに絵画じみた美しさを放つ。印象派の絵でも見ているかのようにふんわりとした手触りと、幻想的な空気。そういった撮影のすべては、その時々で純粋にその世界を受け止め、その度に移り変わるベラの心象を表しているかのようだ。
さらには時に不協和音のように響く音響もいい仕事をしており、映画の不穏さ、登場人物の心のゆらめき、ファンタジックな世界観をキリっと表現していた。
つまりこの映画に映される画面や音の”歪み”は、それを眺めるベラの心情を的確に捉えたものなのだ。そのため、その色彩は成長するほどに落ち着き、世界ではなく彼女の内面の方に複雑さが宿っていく。その知性が強まっていくほどに、彼女の身体性が彼女自身の「いま」を物語っていた。
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