石井ぴょん吉

哀れなるものたちの石井ぴょん吉のネタバレレビュー・内容・結末

哀れなるものたち(2023年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

人間の発達段階を解体して物語にしていたのが凄く面白い。

子供の脳を入れられた大人であるベラが短期間で発達していく話。

物語の中の初め、こどもそのものの残虐性と興味を示したものへの執着を持ち、閉じ込められた生活の中で親の愛情に縛られている。この辺の状況設定が、子どもが社会的に縛られているものを具体的な状況に置き換えているようで面白かった。

春の目覚めが来て、ロミオとジュリエットのオマージュの場面があり(台詞がそのまま使われてた)、自分を守る人ではなく自分を外側へ連れ出してくれる存在にくっついて外の世界に出ていく。

素直に生理的な欲求に従っていくベラの関心が(どうしてみんなセックスばっかりしてないの?という疑問自体がビビッドで良かった)社会や人間の存在に向いていく様子が段階的に描写されているのが良かった。

貧しい人たちの存在を知って皮肉屋と話す場面なんて、この映画でしか作れない場面、この映画でしか見られない演技だった。象徴的でとても良かった。

生理的欲求に従っていたベラが他者との交流によって段階的に成熟していくんだけど、
それにいつもついてまわるのが男性の「所有欲」だった。
自閉症のの女性が多くの男性から偏愛されるように、「扱いやすい美女」を管理したがる男性達、という構図が痛烈だった。大人の肉体を持った無垢であるベラはその所有欲に勿論従わない。し、俺には理解すらしていないように思えた。全体にベラは理性的に、しかも表立った言葉を伴って他者の感情を理解していくので、共感性がないように思えた。だからこそ彼女の素直な言葉が人間に対する皮肉に聞こえたんだと思う。

ベラは娼館に通うことで金銭的に自立して、大学にもいく。その環境の中で自身の考えを確立したベラが親の死を知って地元に帰り、自分の出生の秘密を知り、結婚することを選ぶ。

シドフィールドの3幕構成に従えば、ここで綺麗にまとまった作品になったと思うんだけど、ここからが本当に面白かった!!!!

ハッピーエンドかと思われた結婚式に、ベラの生前(母親の肉体)の夫が登場する。
暴力、権力、支配欲を全部もった男性性の象徴、ラスボスみたいな存在があからさまに露悪的に登場して、ベラを監禁し、クリトリスを切除しようとする。
男性の所有欲の成れの果てみたいな存在に対して、拳銃を突き付けられたベラは「いっそ心臓を撃ち抜いて」と言う。
文字通り物心着く前から男性の欲求に巻き込まれてきたベラが、最後まで誰のものにもならないという結末を、ハリセンで叩くように描き切る作者の才能は半端じゃないと思う。

最後、その夫を「進歩させる」といって、夫の脳みそをヤギと取り替えたベラ達が彼に水を飲ませたところで、ジュラシックパークのアトラクションのラストみたいな壮大な音楽が流れて幕。一緒に見た同期と爆笑した。

とにかくこんなに素晴らしい皮肉を観られて感動した。
井上ひさしが「作家は状況を作る仕事」と言っていたけど、作者が作り上げる状況も、その状況に陥ったエマ・ストーンの演技も圧巻だった。
石井ぴょん吉

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