コマミー

クエンティン・タランティーノ 映画に愛された男のコマミーのレビュー・感想・評価

2.5
【映画に導かれ、自らも導いた男】



"クエンティン・タランティーノ"…"ビデオレンタルの店員"から誰もが知る"鬼才監督"に成長した稀有な存在。

ハリウッドのパーティーで、後にタランティーノの作品のプロデューサーを務める"ローレンス・ベンダー"に出会い、「レザボア・ドッグス」で"カンヌ"に招待されて大変注目され、「パルプ・フィクション」で"パルム・ドール"を受賞。その後エルモア・レナード原作の小説を映画化した「ジャッキー・ブラウン」を発表。ベルリン国際映画祭にて"サミュエル・L・ジャクソン"に銀熊賞が賜れられた。
「パルプ・フィクション」では"ジョン・トラヴォルタ"を、「ジャッキー・ブラウン」では"ロバート・フォスター"と言ったかつて一世を風靡した俳優を起用するなど、役者に対してのこだわりもとても強かった。

「ジャッキー・ブラウン」の後、しばらく映画監督としては姿を眩ましていたが、2003年と2004年に香港映画や日本のヤクザ映画をベースとした「キル・ビル」2部作を公開。2004年にはカンヌの審査委員長を務めた。
そしてまたしばらく沈黙し、2007年に盟友"ロバート・ロドリゲス"や3人ほどの映画監督と共に、往年の低予算映画やそれを上映していた映画館の雰囲気を表現した「グラインドハウス」を発表。タランティーノはその一環として「デス・プルーフ」を発表。こちらはラストシーンがとても爽快でとても好きな作品だった。スタントを務めていた"ゾーイ・ベル"をメインに起用した印象的な作品だった。

そして2009年、"ブラピ"主演でドイツ国防軍占領下のフランスを描いた「イングロリアス・バスターズ」を発表。こちらは"オスカー"においてハンス・ランダ親衛隊大佐を演じた"クリストフ・ヴァルツ"が助演男優賞を受賞した。その後の「ジャンゴ繋がれざる者」でタランティーノ自身も「パルプ・フィクション」以来のオスカーを受賞した。
その後の「ヘイトフル・エイト」で「レザボア・ドッグス」以来の"密室劇"を取り入れた"西部劇"を発表。名音楽家エンニオ・モリコーネを起用した作品でもあり、撮影には60年代以降ほぼ使われる事がなかった"ウルトラ・パナビジョン70"を使用した作品としても知られる。

……と言うように長々とタランティーノの「ヘイトフル・エイト」までの歴史を書いていったのだが、このドキュメンタリーではそんなタランティーノの作品と共に、タランティーノが起こした"珍事"や"伝説"などを、"出演者やその関係者達"が和気あいあいと語る物語となっている。

ロバート・フォスターがタランティーノからオファーを貰った時のエピソードがなかなか感動させられた。タランティーノが"役者選びの重要性"を説くに、このロバート・フォスターやトラヴォルタと言ったかつてのスターを起用する時のエピソードが一番説得力あるように感じた。
「ヘイトフル・エイト」のジョン・ルースのモデルが、あの"ハーベイ・ワインスタイン"だと知った時は背筋がゾッとした。ここからは、このドキュメンタリーの"和気あいあいじゃない面"を書こう。

和気あいあいじゃない面と言うのは、皆さんご存知ハーベイ・ワインスタインの"性加害"や"ユマ・サーマン"の「キル・ビル」"撮影中の事故"やユマ・サーマン自身も受けたワインスタインからの加害についてだ。
これらの事については、タランティーノを語る上で"知っておかないといけないもの"だと思うのだが…確かに取り上げてはいるのだが、このドキュメンタリーではそこまで"深掘りして伝えてはいなかった"し、タランティーノは実質的に「知ってるはずだがはぶらかし、逃避した」形となるのではないかと感じた。
そして自動車事故に関してはタランティーノの"強行突破"が無ければユマ・サーマンは後遺症が残るほどの大怪我を負わずに済んだし、ユマ・サーマンはただでさえワインスタインからの圧力で疲弊していたにも関わらず、タランティーノからもこのように加害される。最終的にはワインスタインの加害性が明らかになった時に、タランティーノは撮影中の加害性を反省したものの、彼女の心の傷は二度と癒えることがない。

このドキュメンタリーを通して、タランティーノのポジティブな面はどんどん関係者から語られたが、ネガティブな面の大半は伏せられてるのがとても残念だった。
とは言え、面白い裏話も沢山聞けたので、タランティーノ作品を観まくってた方は観る価値はあると感じた。
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