真一

月の真一のレビュー・感想・評価

(2023年製作の映画)
3.9
 「人は生まれながらにして平等」「差別はあってはならない」ー。こうした言わずもがなの人道精神を、私たち一人一人が本当に「覚悟」を持って実践しているかを問うた異色の映画です。辺見庸の小説「月」が原作。日本社会に衝撃を与えた「やまゆり園」事件をモデルにしています。ただ原形をとどめないほど原作に手を加えているため、別物として観ることをお勧めします。賛否両論が渦巻く問題作です。

 舞台は町外れにある、とある重度障がい者施設。サト君(磯村勇斗)は、入所者との「心の交流」を大切に考える介護士だ。常に笑顔を絶やさず、みんなを集めては絵本を読み、感想を聞くなどしている。

※以下、ネタバレを含みます。

 ところがサト君の取り組みは、入所者への暴力や虐待を繰り返す先輩介護士たちの不評を買う。「心も持たない奴らを相手に、カッコつけんじゃねえよ」と、ど突かれるのだった。心が折れそうになるサト君。そんなサト君はある夜、薄暗がりの中で入所者の1人が、糞尿まみれになりながら自慰行為をしているのを目撃する。

 うす笑みを浮かべながら股間をまさぐる入所者と目が合うサト君。その時、サト君の心の奥底で何かが音を立てて壊れた。「彼らには心がない。心がないから人間じゃない。生産性がないんだ」ー。サト君が人道主義を放棄し、優生思想への扉を開けた瞬間だった。

 本作品の主人公は、売れなくなった小説家の堂島洋子(宮沢りえ)。生活費を稼ぐため、次回小説の題材を探す狙いも込めて施設で働くようになり、そこでサト君と知り合う。優生思想を滔々と語るサト君と、うまく反論できずに涙を流す洋子の応酬が、最大の見せ場だ。宮沢りえの迫真の演技に涙腺を刺激されました😭

 あらすじから分かる通り、本作品は、植松聖死刑囚を彷彿させるサト君の優生思想に軍配を上げたとも受け取れる「危うさ」を秘めている。だからこそ、メッセージは明白だ。「優生思想やファシズムは恐ろしい。あなたの心の中にも宿っている」。言いたいことは、この点に尽きると思う。狙いは、よく分かる。

 ただ、演出的には多くの問題があった。特に入所者の描き方には、強い疑問を感じた。人の尊厳を踏みにじるような描写ばかりが続くからだ。原作の小説は、入所者の内的世界を独特の表現で描き出していた。しかし、映画ではそれがない。嫌悪感を感じさせるようなシーンばかりを並べて「どうだい?気持ち悪いと思っただろう。ほうら、お前だって差別主義者なんだよ」と挑発している感が否めなかった。

 差別を告発するために生々しい差別シーンを描写した結果、その場面そのものが、当事者や家族を傷つける加害行為になるケースは多々ある。本作品も、そのひとつではないかとの思いを抱いた。

 例えば、同性愛への悪意に満ちた描写を異性愛者に見せて「ほら、差別意識を抱いただろう」と警告を発する作品があったとする。それは、本当に反差別映画と言えるのだろうか。黒人が白人を虐待するシーンばかりを並べ、観る人の人道意識を試す作品は、本当に有益だろうか。それ自体が、偏見と憎悪を煽るヘイト表現になる恐れはないのか。そんな疑問がつきまとう。

 この映画は、今後の人権と反差別の在り方を問う力作なのか。それとも、かえって差別主義や優生思想を助長する危険な作品なのか。観る人によって、見方は真っ二つに割れるでしょう。自分自身も、まだ整理がついていません。スコアは、野心的な取り組みを評価し、高めにしました。

追記

 他の人のレビューに「サト君の気持ちは分かる。正直に言う。自分だって◯◯と思うときがある」とあるのを見て、ショックを受けた。これはピュアな思い(差別意識)に任せてつづった、悪意なきヘイトスピーチだ。当事者の家族が見たら、ショックで立ち直れなくなるかもしれない。内心の自由は認められても、秘められた差別意識を表に出した段階で、それは「内心」でなく「ヘイト」になる。この作品の「危険度」は、思ったより高い…
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