りっく

市子のりっくのレビュー・感想・評価

市子(2023年製作の映画)
4.5
青い海に青い空、そこにかかるきれいな虹。それは幸せの象徴のように一見思えるが、きっと明日はいい天気と歌う杉咲花のか細い声は今にも消えそうだ。虹はそのひとときは幸せの象徴であるかもしれないが、すぐに消えてなくなり、掴むことは難しい。冒頭より虹のモチーフが全編をわたって効いてくる。

婚姻届も同様だ。そこにふたりの名前を書くことで、幸せがカタチになるような気がする。だが、幸せになるということは、それだけ相手のことを知り、自分のことを知ってもらうことなのかもしれない。だからこそ、それによって幸せを手放さなければならない人が確実にいる。

本作は日本の無戸籍問題を扱っているものの、その問題点を社会派映画として提起することを主題にしていない。結婚という幸せを象徴するような制度が、日本の法制度の落とし穴をミステリー仕立てに描く確実な手腕がありつつも、人間の体温が通ったヒューマンドラマという軸足が決してブレない点が本作の特筆すべき美点だ。

あくまでも市子という、確実に存在している人間を、周囲の人々の証言を通して浮かび上がらせる。意図的に市子の主観は排されることで、観客を含めて市子を想像するしかないその作劇は、終盤に圧倒的な効果を発揮する。

よりよい明日を信じて人生を生きる、未来の幸せに近づいていくことが、なんと美しく、切なく、そして残酷なことなのか。その感情がぐちゃぐちゃになる感覚は、いい意味で年齢不詳な顔立ちの杉咲花だからこそ成し遂げられた偉業だ。
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