真一

市子の真一のレビュー・感想・評価

市子(2023年製作の映画)
3.7
 日本社会において、ほとんど存在を知られていない無戸籍者。本作品は、その悲惨な実態を浮き彫りにするサスペンス映画です。無戸籍者とは読んで字のごとく、戸籍がなく実在を証明できない人を意味します。戸籍制度を維持する日本では、戸籍がないと就職もできないし、病院での治療も受けられません。日本において、無戸籍者は「幽霊」なのです。社会の目が届かない絶望の淵で喘ぐ無戸籍者を、杉咲花が好演。戸籍とは何か。本当に必要なのか。深く考えさせられる作品です。

 和歌山市の片隅に暮らす実直な青年・長谷川が、プロポーズした直後に蒸発した彼女の行方を追うストーリーです。警察から「川辺市子という人間は存在しない」と言われ、絶句する長谷川。誰にも頼れない長谷川は、手がかりを求め、彼女と関わりがあった人々をたった1人で訪ね歩く。必死の聞き込みから浮かび上がったのは、想像を絶する彼女の生い立ちだったー。ざっと、こんなあらすじです。プロポーズされた際の市子の嬉し涙に、もらい泣きしてしまいました。

 印象に残ったのは、市子と母親に対する市職員の鬼畜の振る舞いです。市子には難病で重度障害児の妹がいるため、介護をサポートする市職員が頻繁に家を訪ねてきました。母親が貧しい水商売の女で、その長女が無戸籍だと知った職員は、弱みに付け入り母子を性の玩具にします。「この少女はあらゆる法律、制度の外にいる。何をしてもばれない」と悟った男の、卑劣きわまりない外道ぶりが繰り広げられます。

 無戸籍者問題は、暴力男に植え付けられた女性のトラウマが生み出すと言われます。DVが原因で離婚した女性の多くは、2度と元夫の顔を見たくないと思うはずです。ところが、離婚後300日以内に子供を産んだ場合、その暴力男と再び面会し、養育という難しい問題について談判せざるを得なくなります。「離婚後300日以内に生まれた子」の戸籍上の父は、実際に血が繋がっているかどうかに関わらず、元夫と認定されるためだそうです。だから妻は、怖くて出生届を出せなくなる。こうした心理的な重圧感が、無戸籍者問題の根本にあるのは間違いないでしょう。

 戸籍制度維持国は、世界でも日本、中国、台湾ぐらいだと言われます。儒教文化を継承する韓国も最近、戸籍を廃止しました。民間シンクタンクの推計だと1万人程度、法務省の統計でも約780人に上るとされる無戸籍の人たち。こうした人々が現に社会の闇に紛れ、絶望の淵を歩いている現実に、私たちはどう向き合うべきだろうか。

 戸籍とは何か。本当に必要なのか。内容的には過剰演出や論理の飛躍も目につきますが、重い問いかけを含んだ良作だと思います。
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