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彼方のうたのkoheiのレビュー・感想・評価

彼方のうた(2023年製作の映画)
4.7
24.1.6 ポレポレ東中野にて

映画を観ながら、小川あんさんにインタビューした時に話していた脚本の不思議について思い出していた。「すごく細かく書いてあるとして、その合間合間が黒く塗りつぶされている感じ。書いてあるはずなのに、書いてないように見える」。杉田監督の脚本についてそう小川さんは言っていた。不思議な表現だと思う。脚本を読んでそのあまりの情報量の少なさに削ぎ落とされた物語を想像する、のではなくて、もともと脚本にはすべて書かれていて、でもぜんぶは読むことができないという感覚。それはまさしく、僕が『彼方のうた』や杉田監督の映画を観るときの感覚にも近いものだと思った。「意図的にあまり見せないのではない。伝える気満々なんです」と杉田さんがパンフレットで語っていたように、情報を削いでいるのではなく伝えている。現実世界における人間もそうだと思う。他者と接しているときにはその人の一部しか見ることができないけど、だからといって「意図的に他の部分を隠されてるな」なんてことは思わない。むしろ徐々に開示されていく彼/彼女の性格を知り、共感/反感することで覚える快感は大きい。ぜんぶを見ることはできないけど、その人の存在には過去の出来事も記憶ももちろん反映されている。そのとてつもなさと今という瞬間の本当の会話が映画で描かれていることの特別さ、奇跡のようだと思う。会話と言えば、かた焼きそばを食べに行ったところの「おいしいですね」「うん、ほんとに」が妙に心に残っている。

残り数冊しかないですが、杉田監督の2万4千字インタビューが載ったこちらのZINE、手前味噌ながらおすすめです。「あの日、あのとき、あの会話」のワークショップについても触れられています。
https://vacanceszine.theshop.jp/items/74832224

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23.10.26 東京国際映画祭にて

僕はもう杉田監督の映画のとりこです。ずっとこの世界にいたい。ぽかぽかする。
いつも通り物語的なものや説明的な描写がかなり削られた映画なのだけど、『ひとつの歌』を観たときの感覚に近くて、なにもわからないことはなかった。すべてのシーンに気持ちいい余白があり奥行きがある。ぽっかり空いた穴の周りを廻り続けて、時に同じく廻り続ける人と交わって会話が生まれてしまうような映画に思ったけど、それもやっぱり描かれないものの存在、それを私たちが想像で補完することによって成り立っている。この映画の穴は、時に私たちの穴にすり替わったり、私たちがこの映画の穴を埋めることにもなりうる。
(幽霊のように、)ないものが、なぜか映り込む瞬間がある。同じように、ある人物の感情が、私の心の空白に入り込んでくることもある。
前作の地続きの感覚もあり、ずっと泣きそうだった。
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