プー

悪は存在しないのプーのレビュー・感想・評価

悪は存在しない(2023年製作の映画)
4.3
冒頭からまず印象に残るのはとにかくびたーっとゆっくり濃密に紡がれる自然の風景とBGM。このBGMが美しさと不穏さの両方を絶妙に併せ持つため、自然の姿が善とも悪とも見えてくる。

BGMは何分も続けて流れたかと思えば暴力的なぶつ切りでしばしば中断される。この"自然の営み"をぶった斬るのはそれと比較するとミニマルな"人間の営み"。とはいえ自然と人が対立的に描かれるのではなく、自然の営みの一部としての人間の営みというバランス。きっと鹿同士の間でも、植物同士の間でもそれぞれBGMは止まっているんだろう。

完全なバランスを保っていたこの地に、それを崩す存在としてやってくるのが補助金目当てでグランピング施設建設を目論む芸能事務所の2人の刺客。この説明会冒頭でグランピングPRビデオが流れ出した時、思わず映画館で大きく頷いた。
普段の仕事中にこのビデオを見てもおそらく全く違和感はないが、この映画の自然に没入している最中だと、いかにも人工的な"さわやか・清潔"なBGMが毒のように拒絶反応を引き起こす。まさに見事な演出だった。

そしてこの説明会を皮切りに増えていく濱口竜介必殺の会話劇。「偶然と想像」のコント的落とし方もちらほら入れ込んでくる。
美味しい料理を食べる時なぜ幸せなのか言語化できないように、濱口竜介の会話劇を見ているだけで何故こんなにも惹き込まれるのか言語化はできないだろう。
会話の内容自体は刺激的でも珍しくもないのになぜこんなにぐいぐい持っていかれるのか。

説明会時点では「都会・資本主義vs田舎・自然主義」の構図も容易に想像できたが、その後映画のメイン視点は説明会ではヒール役だった事務所の2人になっていく。再び町に戻り自然の手ほどきを受けていく2人。薪割りシークエンスではロングテイクによって本当に1人の人間が自然との調和とやりがいを得ていく瞬間を追体験させてもらえる。
グランピング施設建設による鹿の行き場を青(匠)が憂いたかと思えば、次のシーンでは車内でタバコを吸う赤に対して黛を気遣い青が窓を開ける。
赤と青は渾然一体となっていき、ついには赤視点の時間にもあのBGMが流れ始める。

ラスト、確かにこの自然において悪は存在しない。しないが、コントロールできると思ってはいけない。「人間にとって悪にあたること」はいくらでも起こるんだから。
プー

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