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悪は存在しないのmのレビュー・感想・評価

悪は存在しない(2023年製作の映画)
4.9
濱口映画の魔法は言葉に宿ると思っているので、映像と音楽メインの序盤はすわ「不気味なものの肌に触れる」以来の自分と肌の合わない濱口映画かと不安に思ったけど、説明会のシーンからやはり一気にエンジンがかかる。「ハッピーアワー」の第1部の打ち上げシーンや「寝ても覚めても」の演劇のDVDを見るシーンを想起させる、濱口映画ならではの魔法の駆動の瞬間。断然を対話でゆっくりと乗り越えていく時間。言葉に身体性が宿るというような。

その説明会シーンでは悪い印象しかなかったある登場人物への印象が、ゆっくりと一気に変わっていく高速道路のシーンは凄まじい名シーンで、あぁ本当に濱口さんの映画は最高だと慄き痺れる。その後の薪割りシーンにもまた魔法があった。


朴訥としつつ凄みのある野生的な巧と業界人っぽさがあり都会的な高橋の対比はキャスティングも含めて成功していて、長野の人々と長野に出向く芸能事務所、そして事務所の社長や外部の奴、彼らの関係性は日本社会の縮図だと思う。自らを『よそ者』と言う便利屋の巧の自然への慎ましさは、人類に必要な姿勢とも思う。


「ハッピーアワー」キャストとの再会も愉しい。


しかしこの映画が最終的に描くのは、説明会や薪割りで芽生えた融和ではなく、それでも乗り越えられない断絶の方だ。「悪は存在しない」という反語的なタイトルとこのなんとも人を食ったようなエンディングによって監督が何を語ろうとしているのか、それを観客それぞれが持ち帰って思考させられる事になる。最近あまり無かった、豊かな映画だった。
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