いち麦

悪は存在しないのいち麦のネタバレレビュー・内容・結末

悪は存在しない(2023年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

冒頭から広角レンズが追う、樹木を見上げながら移動していく映像のパースペクティブ感があまりにも美しくて溜息が出そうになった。

根っからの悪人は居らず、みな自分が生きていくために精一杯足掻き抗っているだけ。側から見れば汚い性悪のようであっても。もし悪が存在するならば、それは人の目の届きにくい形で息を潜めていて露わにはなっていないのではないだろうか。
ラスト近くのギョッとする展開では、車中で交わされた野生鹿の「窮鼠猫を嚙む」的なエピソードが効き、省略されているものを自然に補完してくれた。それと同時に「この地に住む人間だって弱いが最後は全力で抵抗するよ」という警告のメタファーにも感じられ身震いした。
途中、グランピング計画説明会で地域住民側が発した疑問や意見が、よくある闇くもな環境保護運動の体ではなく自分たちの生活を守ろうとする姿勢一筋だったのが非常にリアル。そもそも、この場所は手付かずの生態系を擁したサンクチュアリではない。巧(たくみ)だって、ここの自然を切り刻み利用して生きている。一番の悪者を挙げるとすれば、簡単に悪用できる杜撰な補助金制度を考案した政府(利権が絡む一部の与党議員)だろう。

気になったのは劇伴。それ自体は物語と親和性の良い音楽なのだが、度々カットでブチ切れになる演出はどうも…と首を傾げた。不穏感を狙っているのかも知れないが違和感を覚えた。
それにしても、この物語を「Evil Does Not Exist」と題するか…。鑑賞者の意識は否が応でも悪人探しに向いてしまう。如何にも頭のキレる濱口竜介監督らしいタイトルの付け方だなぁとは思った。秀作。
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