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大いなる不在(2023年製作の映画)
4.1
 冒頭のまるでテロリストの家に飛び込むような緊迫した警察官とその家の主とのやり取りと、前衛的ワークショップにおける俳優とのやりとりが等価にインサートされるシークエンスを見て、なかなか素晴らしい緊張感のある立ち上がりだと思う。何より監督である近浦啓と撮影監督の山崎裕によるショットがまず、日本映画とは思えない品の良いルックをしている。山崎裕と言えば是枝裕和の初期作である『ワンダフルライフ』や『誰も知らない』でも知られる是枝組の名手であり、塩田明彦の名作『カナリア』のカメラマンも実は彼で、日本映画界屈指の名カメラマンとして知られているのだが、今作では近浦啓の演出を鮮やかに切り取るような仕事ぶりがひたすら印象に残る。20数年会っていない父との再会が今作の起点となるのだが、東京に住む卓(森山未來)にとっては北九州に籍を置く父(藤竜也)との面会は現実的ではない。当初は投げ槍と言うか、どこへ帰着しても構わないという卓の全て棒に振る様な態度の中に父子の確執がはっきりと見える。妻(真木よう子)の尽力はあれど、父子の断絶は案外深刻である。

 ところが父に認知症の症状がはっきりと現れる段になると、卓は父の正気だった頃を本気で調べ始める。つまり今作は確執を発端にした父子の記憶に纏わるシリアスなミステリーなのである。ドアにぐるぐる巻きにされたガムテープが既に父の焦燥を照らす。幅広のポストイットに逐一綴られる父親の記憶を失うことのヤバさのようなものが、大学教授時代からのメモ魔だった彼のルーティンの中で露わになる。それを20数年会っていなかった息子が推理して行く、中盤のジワジワとした答え合わせのようなシークエンスの反復的な病理は、息子が父が感じた悪夢を追体験させんとする。『世界の中心で愛を叫ぶ』の頃の客体のような薄い魅力からすっかり正気を取り戻した森山未來をスクリーンで観ながら、まじまじと良い役者になったと思う。そしてそれ以上に昭和の家父長制に痛烈に後悔しながら、息子との適切な距離を決め兼ねる藤竜也の堂に入った演技には、惚れ惚れとさせられる。直美を演じた原日出子は夫の渡辺裕之を自死で失っており、率直に言って今作のオファーは極めて危うい判断に見えなくもないが、やはり迫真の演技だった。認知症でボケた父親が息子に平謝りする場面を卓の下半身だけ切り取った場面は出色の出来で、血の繋がりがあればどんな確執も赦すことでしか越えられない時は在る。
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