茶碗むしと世界地図

52ヘルツのクジラたちの茶碗むしと世界地図のネタバレレビュー・内容・結末

52ヘルツのクジラたち(2024年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます

 町田そのこの同名小説を映画化したものである。

 主演の杉咲花が宣伝会議に参加したり、『エゴイスト』を見てLGBTQ+インクルーシブディレクターを引き入れたり、三面六臂の活躍をするくらい力を入れていて非常に力の入ったプロダクションになっている。しかしながら、面白くないというようなわけではないのだが、個人的には脚本と演出もぜんぜん好みではなかった。児童虐待やDV、トランスジェンダーといった社会的な関心事を取り入れているわりには、出来があまりよくない……というか、正直ちょっと陳腐だと思った。

 まず三島貴瑚(杉咲花)を救い出してくれる岡田安吾(志尊淳)の人物造形が志尊淳の演技が淡泊なせいもあり、安吾が抱えてきた不安とか戸惑い、もっと言えばエネルギーの動きが感じられず、生きている人にまったく見えない。なんかマジカルな存在のクィアみたいな感じで都合が良すぎると思った。安吾を自死に追い込む新名主税(宮沢氷魚)も非常に類型的で、外面はいいが嫉妬深いお金持ちの御曹司という短絡的な描き方が好きになれなかった(宮沢氷魚は『エゴイスト』などで繊細な演技をしていたのに一体どうしたのっていう感じだった)。杉咲花が達者な演技を披露すればするほど安吾と主税が浮いているように見えてしまい、そんな三者が三点論法で心理的な距離を表現しても浅薄な物語にしかならないのではという気がした。

 構成にも難があり、貴瑚の現在と過去のパートが交互に描かれるが、過去の話の比重がやたら大きいということろがある。クライマックスでの貴瑚と少年(桑名桃李)の場面も貴瑚の台詞としては説得力があるのだが、いかんせん2人のドラマが不足しているので、これでエモーショナルというにはちょっと厳しいものがある。終盤の貴瑚が安吾に思いを打ち明けるところも幻想的な場面(心の中だけで起きている出来事)というだけで、具体的に貴瑚の葛藤が今を生きる力に昇華させられてるとは言い難い。終盤で登場する村中サチエ(倍賞美津子)も全体の辻褄合わせのような感じで、貴瑚の祖母の話を掘り下げるのならば出番はもっと早いほうが良かったのじゃないだろうか。

 杉咲花をはじめとしたチームの取り組みや劇中の描写に関する公式サイトでのトリガーウォーニングなど志のあるプロダクションだし、トランスフォビアの問題を描こうという点でも意義のある作品なので、いろいろうまくいってないところが残念である。