みや

アイアンクローのみやのレビュー・感想・評価

アイアンクロー(2023年製作の映画)
4.5
自分はキチンと読んだことはないので真偽は不明だが、ルソーの「エミール」にはこんな言葉が出てくるそうだ。
「子どもは親があれこれいじると、親以上にならない」
「親が子どもに何かを託してはならない」
「夢は自分で見つけるもの」
(田中美智子著:今日は なん日、なん曜日?)

エリック一家の悲劇は、まさにここに起因して起きたのだと思えてならなかった。

<以下、ストーリーに触れています>

いい歳をした青年なのに、父の問いかけに対して「イエス サー」で答える息子たち。
父の言葉は、ことさら高圧的でもなく、なんなら「無理強いはしないが…」とまで言っている。そして、息子たちも父のことを、恐怖の対象としてではなく、尊敬と敬愛の対象として見ていることもキチンと描かれる。
それでも返事が「イエス サー」なのは、モデルとなる父が、偉大なプロレスラーだからなのだろう。

父の振る舞いは、自分が獲れなかった(挑戦させてもらえなかった)世界ヘビー級のベルトを、どうしても子どもたちに獲ってほしいことがベースになっている。息子たちも、憧れの父が願うことが自分の夢(というか、家族全体で目指す夢)と思っている様子が見受けられる。
父は、子どもたちの前で期待度ランキングを発表し、更に「この順位は入れ替わる」とまで言って、静かに競争心を植え込むこともするが、決して強引に物事は進めない。ある者には円盤投げを、ある者には音楽をやることも認めており、結局、プロレスラーになることを選択したのは、息子たち自身だ。
その息子たちの「命に関わる悲劇に襲われるタイミング」が、すべて「父を超えた瞬間」や「父は見舞われなかったアクシデントへの対応が迫られる場面」など、「モデルとしての父の姿を見たことがない状態」だったことが象徴的だった。

流行りの「毒親」などという言葉を当てて断罪できるような薄っぺらさは微塵もなく、偉大な一家だからこそ起きた悲劇というのともちょっと違う気がする。

ただ、ほんのちょっと何かが変わっていれば、避けられたかもしれない悲劇の「何が変わればよかったのか」ということを考えさせられる。

自分にとって一番印象的だったのは、ケビンが反則負けした後、控え室での相手のレスラーとのやりとりの場面。
エリック一家にとってのプロレスと、相手レスラーにとってのプロレスの決定的な価値観の違いもまた、この悲劇を生み出した理由の一つだったことが見事に描かれていて、ケビン同様、力が抜けた思いだった。

家族について、親としての自分の振る舞いについて、しみじみ考えさせられた一本となった。

<余談>
日本では三途の川の渡賃は六文銭だが、アメリカではトスするコイン1枚なのか…なんて思いつつ、冥界と現世を隔てるイメージは、世界共通なのかなと、映画の本筋とは違ったところにも興味を惹かれた。
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