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アイアンクローのnetfilmsのレビュー・感想・評価

アイアンクロー(2023年製作の映画)
4.2
 呪われた一家フォン・エリック・ファミリーの悲劇とは多少ゴシップ的にも語られる40年前の世界線だが、あまりにも不幸な出来事として人々の記憶に刻まれている。80年代に新日派やUWF派ではなく、全日派だった世代には尚更衝撃だったことだろう。我が国でも『E気持ち』がスマッシュ・ヒットした沖田浩之ファミリーの心底『E気持ち』ではない事件が同じように語られていたことを2月の山本陽子の訃報で思い出した。閑話休題。そもそもフォン・エリック・ファミリーに限らず、プロレスラーの傷ましい死というのは枚挙に暇がない。劇中にも出て来たブルーザー・ブロディ刺殺事件やブレット・ハートの弟であり、未来を嘱望されたはずのオーエン・ハートの生放送中の落下事故はあまりにも衝撃的で、今でもトラウマになっている。近年で言えばペガサス・キッド及びワイルド・ペガサスとして新日ファンには極めて鮮明なクリス・ベノワの衝撃的な死が頭を駆け巡る。彼の脆弱X症候群と呼ばれる遺伝性の難病を患っていた息子の将来を悲観したとする肯定的な意見は然しながら、ライバルであるエディ・ゲレロの死で退路をレスラーとしての断たれてしまったからともあるが真実はどうだろうか?もはや真実を知る唯一の人間はこの世にはいない。

 このように栄光の日々を歩いたはずの人気レスラーだが、実はその裏に隠しきれないような苦悩や葛藤を抱えている。栄光に塗れたプロレスラーの光と影は強烈で、それはフォン・エリック・ファミリーも同様だろう。最初からアイアンクローの達人として、悪役キャラとして、フリッツ・フォン・エリックの子供たちとして生まれたフォン・エリック・ファミリーの不幸は、彼ら全員が男の子だったことにあるのではないか?ベビーフェイスだったハリー・レイスやリック・フレアーの引き立て役として憎きヒールを演じたフリッツ・フォン・エリックのNWAヘビー級王座獲得への捻じれたコンプレックスは、今や前時代的になった家父長制度の権化の捻じれた威厳だけを誇示するように使われはしなかっただろうか?今作で極めて印象的なのは母親のドリス(モーラ・ティアニー)を演じた彼女がフリッツ・フォン・エリック(ホルト・マッキャラニー)にあまりにも従属的で、思春期の兄弟たちの微妙な関係性には無頓着であったことだ。冒頭、フリッツの無謀な賭けで生じたキャンピングカー+タンクローリーの代償をドリスが渋々ながらも受け入れる場面が決定的で、ケビン(ザック・エフロン)にとってみれば部外者のバム(リリー・ジェイムズ)の心の叫びに耳を傾けたからこそ現世がある。然しながら実は末っ子に六男のクリスがいたことを巧妙に隠す判断は決して心地良いものではない。彼の禍々しき死にも触れた方が良かったのではないか。
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