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Ryuichi Sakamoto | OpusのTheCharacterのネタバレレビュー・内容・結末

Ryuichi Sakamoto | Opus(2023年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます

ポップコーン頬張りながら観るものではなかった。反省至極。

109プレミアムシネマズは坂本龍一による音響監修がなされている為、上映前に本人から観客へのメッセージが流れる。それが思いの外、本編への前段として効果的に作用したように感じた。こちらを向いて言葉を発していた“教授“の、緊張漲る無音の背中。隆起した肩甲骨。自らの命を注ぎ込むように音を発していく姿は悲壮ですらある。『誰の為、何の為に弾くのか』という問いが内面に生じる。だが、そういった懸命な姿はゆるりと変化する。ピアノと人、互いに身体化を果たし、さながら溶け合う水の様。この関係性が実に官能的で不思議だ。循環する生命を其処に見出さずにはいられない。生かし、生かされる関係。柔和な表情に安堵。心身共に、更に解れていく様子に、こちらも引き込まれていく。ピアノの黒いボディが鏡面となり、奏者を映し出す様も何処か象徴的だ。そこに異界を見出しつつ、同時にそれは現世のあらゆるものを受け入れ得る存在にも見える。奏者と共にピアノへ潜っていく感覚を共有させてもらったようにも感じた。非ピアニスト故の非日常と没入体験だったが、日常的にピアノに触れている人物であれば、更に深い場所へ誘ってもらえるのだろうか。だとすれば羨ましい限り。

「美貌の青空」は間違いなく序盤の見せ場で、何らかのミスを切っ掛けにフリージャズの如き混沌が立ち現れる。その乱調や破断が魅力。本人にとって受け入れ難いのは重々承知。そこに旨味を見出してしまう無責任な観客です。本人の手でプリペアドピアノがセッティングされていく様も貴重。状態がどうであれ、打楽器的にピアノを用いているように感じる場面が印象に残る。

実質本編のラストとして「戦場のメリークリスマス」を持ってきたこと、更に、あまりにあっさりと演奏を始めたことに驚いた。時間をかけて『戦メリ』を克服したことを本人は明らかにしているが、何かがその先に用意されている曲という印象を持っていることに気付かされた。プレゼントを置いて彼は去っていったと感じる。少々複雑だが、素直に受け取るしか。

ウェットにならず、飽くまでドライに、被写体として坂本龍一を捉え切った映像はさすが。ピアノと向き合う彼は『完璧な孤独』といった趣きで、美しい。ただし、そうした姿を晒せるのは血の繋がりがあってこそ、だったりも?

自分に残された満月は、あと何回だろうか。
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