パイルD3

アメリカン・フィクションのパイルD3のレビュー・感想・評価

アメリカン・フィクション(2023年製作の映画)
5.0
同じコメディでも「アーガイル」のような、お笑い系コメディとは異なる種類のアイロニーコメディ仕立てで、新型タイプの黒人映画のスタイルを見せたのが「アメリカン・フィクション」

これはいかにも私が好きな、ストーリーとシナリオの完成度が高い作品でした。

【アメリカン・フィクション】

ロサンゼルス在住の大学教授セロニアス・エリソン(ジェフリー・ライト)は、セロニアスの名前から皆んなにモンクと呼ばれていて、学術モード一辺倒の小説が高い評価を得てはいるが、同僚にも皮肉られるほど、本がさっぱり売れない作家でもある。

大学から暇を出されて、嫌々ボストンの実家に帰り、家族らと生活を共にしながら、腹立ちまかせに安っぽい刺激を求める世の中への皮肉をこめて書いた俗物クライム小説が大ヒットをしてしまい、あり得ない方向へと走り出してしまう…という生真面目男のコメディドラマ。

ボストンの実家の親族は、亡き父親はどうやら自殺?したらしいが職業は医者で、兄も医者、姉も医者、末弟は大学教授のインテリと、豪邸と別荘持ちのセレブ一族で、主人公を“モンキー“と呼ぶ母親はアルツハイマーに罹り、姉は過剰なストレスからやめていたタバコを吸い始め、兄はゲイの彼氏とベッドでもつれていたのを妻に見られて離婚、と何やら問題ありだ。

アメリカ流の作り話=小説というタイトルからして既にいくつかの意味に掛かっている。
先ず小説と作家を主人公にした話であり、カテゴライズされた黒人のイメージに対する怒りであり、作家の書いた小説の内容といったことに引っ掛けてあり、これらが主人公の日々生きていく中での何とも哀れなおもしろさを表していく。

ストーリーを象徴しているのは、冒頭の大学での講義風景、教授はアメリカ南部文学で乱用される差別用語についての講義中、niggaという言葉を口にして白人の女子学生に差別用語だと指摘される。
「私は乗り越えた、君も大丈夫だ」と返すが
「意味わかんネ」と言われる始末。

奴隷、貧困、犯罪といったカビの生えた不名誉な黒人像を、いつまでも持ち続ける世の中の偏見を軽蔑する主人公が、間違っても黒人に使ってはいけないスラングを平気で使うのは、下世話な人物なのではなく、白人が作り上げてきた偏見への怒りの裏返しなのだが、この婉曲表現をしてしまうのは、学術系作家としてのプライドでもある。
もはや笑えるほどややこしい男なのだ。

おもしろい見せ方に感心させられるのが、主人公が書いている小説の内容と、主人公が言いたいことを一目でわからせるいきなり登場する寸劇のシークェンス。
この妄想世界が、後半のメタへとつながっていく。

終わりの方で、アルツハイマーになりながらも、息子のことを深いところで見抜いている母親が言うセリフが、ストーリーの主題に触れる。

「天才は孤独なの、
なぜなら他人とつながれないから。
あなたは天才、自分にきびしいからね」

全編通じてセリフがとにかくイイ。
ドラマの中で出てくる、ある人物の遺言書の言葉の数々は、映画の中に出てきた最高の遺言と言ってもいいほど特に素晴らしくて、嬉しくなった。

厄介ごとだらけの展開ながら、ストーリーの決着の付け方は気持ちがイイ。



【期待の監督コード・ジェファーソン】

・オープニングの水彩画風イラストが流れるタイトル画の涼しげなタッチがよく、映像もキレイで語り口も絶妙な作品。

・監督はTVドラマの脚本家から長編デビューしたコード・ジェファーソン、今後が気になる逸材です。

♪ちなみにセロニアス・モンクの音楽は使われておりませんが、劇伴はシンプルで心地いいし、ジャズ調のメロディもとても美しい
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