ナガエ

バティモン5 望まれざる者のナガエのレビュー・感想・評価

バティモン5 望まれざる者(2023年製作の映画)
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「限界だよ」と言って男が泣く姿が、とても印象的だった。


日本も酷い国だと思っていたが、フランスもなかなかだ。日本の場合、「難民をそもそも受け入れない」という酷さがあり、それはもちろん最悪である。しかしフランスは、難民を受け入れていながら、酷い扱いをする。それもまた、最悪と言えるだろう。

映画後半の展開なので、ネタバレ的にもあまり触れたくはないのだが、本作の場合「ストーリー展開」云々以上に、「作中に漂う不穏さ」を味わう作品だと思うので書くことにする。本作では色々と最悪な展開が描かれるが、その中でも最悪だったのは、「団地から住民を強制的に退去させるシーン」である。

映画の舞台になっているのは、通称「バティモン5」と呼ばれる一画である。その地域には、「10階建てのスラム」と呼ばれる団地が存在し、その建物も含めた周辺の団地の取り壊し・建て替えの計画が進んでいた。この地区はとにかく移民が多く、「10階建てのスラム」に住んでいるのもほとんどが移民だ。そして、「取り壊し計画を進める行政」と「住み続けることを希望する移民」の間の対立が街全体を覆っているような状況だった。

さてそんなある日、その「10階建てのスラム」で火事が起こる。住居を使い違法に運営していた食堂からの出火であり、その周辺を燃やして鎮火されたが、この火事が理由を与えてしまうことになる。行政は、「火災によって建物が崩壊する危険がある」と、映画を観ている側からの判断では「明らかに嘘の理由」で、住民は強制的に退去させられてしまうのだ。警察が各戸へと赴き、「5分で準備をしろ」「必要最低限のモノ以外持ち出すな」と言う。もちろん、そんな命令に従うわけもなく、冷蔵庫を運んだり窓からマットレスを投げ落としたりするのだが、ともかく住民は、「団地を強制退去させられてしまった」のである。

そりゃあ、「限界だよ」と言って涙も流すだろう。

あくまでも個人的な印象だが、「以前と比べてホームレスを目にしなくなった」と思う。もちろんそれが、「ホームレスとして生きざるを得ない境遇の人が激減した」とか、「ホームレスに対するケアが上手く行っている」ということなら喜ばしいことだ。しかし、恐らくそんなはずはない。単に行政が、「ここから出ていけ」と排除しているに過ぎないのだろう。

先に説明した騒動で警察署へ出頭させられた人物が、「勾留はしないから帰っていい」と警官から言われる場面がある。それに対して、「帰る場所がない」と、当然「あなたたちのせいでね」という意味も込めながら返すのだが、さらに警官が「野宿は認めない」と口にするのである。このシーンにも驚かされた。

じゃあ、どうすりゃええねん。

以前、日本の難民を扱ったドキュメンタリー映画『東京クルド』を観た時にも同じようなことを感じた。日本では、「本来は日本に滞在する許可を持っておらず、収容施設にいなければならないのだが、その状態を仮放免されている」という理屈で、難民としてやってきた者たちが生活をしている。しかし、その「仮放免者」は「働くこと」が認められていないのだ。どうすりゃええねん。もちろん、国の理屈は理解できる。「本国にお帰り下さい」というわけだ。しかし、帰ったら殺されてしまう人もいるし、あるいは、親が難民である子どもは、「日本での生活」しか知らなかったりするから、「本国に帰れ」と言われても困るのだ。しかし、そういう事情をすべて無視して、日本は「難民は受け入れない」という姿勢を貫いている(いや、本当は、日本は「難民条約」を批准しているので、対外的には「難民を受け入れますよ」と言っているわけで、余計たちが悪いのだが)。

そんなわけで本作では、「行政が移民を徹底的に排斥しようとしている様」が映し出されるのだが、その先頭に立っているのがピエールという新市長である。元々の市長は、映画の冒頭で不慮の事故により死亡してしまい、ピエールは市民からの選挙を経ず、議会の投票によって市長に就任したのだ。3年前から市議会議員だったが、本業は小児科医であり、彼はある場面で市民から「棚ぼた市長」と揶揄されたりもしていた。

そしてこのピエールが、「移民の排斥」をかなり強硬に推し進めるのである。ピエールについては、市長に就任して以降の様子しか描かれないので(それは、すべての登場人物について言えることだが)、彼がどうしてこれほどまでに「移民排斥」に動いているのかは分からない。ただ、市長就任後に”個人的な恨み”から移民を敵視するようになったことは事実だ。彼には彼なりの「正義」があるのかもしれないが、少なくとも観客からは、「話の通じないいけ好かない奴」という風に映るのではないかと思う。

しかし、医者になれるほどの頭脳を持つ人間が、「そんなことしたら大変なことになる」ということを平気で推し進めていく感覚は、僕には理解できない。同じようなことは、日本の政治家に対しても感じるが、「あなたたち、頭良いんですよね?」と感じるような、「マジで脳みそ振り絞って考えました?」と言いたくなるような状況が度々現出する。不思議だ。本作中でもある人物が、”報復”を宣言した市長の後ろ姿に向かって、「あの市長は大馬鹿だ」と口にする場面があった。ホント、その通りだと思う。そんなやり方で、上手くいくはずないだろうが。

どうしてこうも「想像力」のない人間が権力を持つのだろうかと思ってしまうが、冷静に考えるとこれは問いを間違えている。正しくは、「『想像力』が無いからこそ権力を持てる」のだと思う。そしてだからこそ、そんな権力者ばかりが蔓延る社会は、クソみたいなものになるのである。

バティモン5のような移民が多い地域のことを「バンリュー」と呼ぶそうだ。本来はフランス語で「郊外」という意味だそうで、実際に初めは、「労働者の街として発展し、住宅不足を補うために団地が大量に建てられた」のだそうだ。しかし、日本も同じだが団地の人気が衰退し、それにともなって、「バンリュー」には移民が住むようになっていく。そしてそれと共に、色んな問題が顕在化されていくようになったのだという。

そして本作『バティモン5』の監督もまた、バンリュー出身の移民2世なのだそうだ。まあそのように考えると、「移民側に肩入れした内容になっている」という受け取り方も出来るかもしれない。しかし、そうだとしても別にいいだろう。というのも、「行政」と「移民」のパワーバランスはあまりにも不均衡だからだ。「移民」の側が圧倒的に弱すぎる。「行政」の側は、「やりたい放題」と言っていいぐらい、とにかく移民への扱いが酷すぎる。だから、それが多少誇張されたものだとしても、「現状を世界に知らしめるため」の手段としては当然だろうと思う。

本作が本国でいつ公開されたのかは知らないが、日本での公開は、数ヶ月後にパリオリンピックを控えた時期である。本作のキャッチコピーは、「ここにはあなたが知るパリはない」だが、まさにその通りだろう。

さて最後に。作品の内容とはあまり関係ないが、個人的にはとても興味深かった話があるので紹介しよう。

市長になると、フランス国旗を模したタスキを掛けるのだが、ほぼ同じものを代議士もつけている。違いは、「赤と青のどちらが上に来るか」である。代議士の場合は赤が上、市長の場合は青が上だそうだ。これについて、ちょっと正確には覚えていないのだが、「かつて代議士が誰か(覚えていない)の首を切って暗殺したので、首に近い方が赤色になっている」みたいな話をしていたと思う。こんな話は別にどうでもいいのだが、記憶に残る話だった。

また、公式HPを見ていて驚いたのが、移民側の主人公であるアビーとブラズを演じた役者が、共に「本作が映画デビュー」ということ。アビー役の女優は、別の作品で脇役として出演したことがあるらしいが、本作が発の主演であり、ブラズの方は完全に本作がデビュー作だそうだ。どちらもとても上手かったと思うので、本作がデビュー作だと知って驚いた。

しかし本当に、胸糞悪い最悪の現実が描き出される作品である。楽しくはないが、釘付けにさせられてしまう作品だったと思う。
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