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ありふれた教室のumisodachiのレビュー・感想・評価

ありふれた教室(2023年製作の映画)
4.5


中学1年生を受け持つ新任教師のカーラ。校内では盗難事件が相次いでいて、カーラのクラスの生徒が疑われていた。学級委員に密告させようとしたり、無理やり荷物検査をしたりといった学校のやり方に反発を覚えたカーラは、職員室での撮影を決行。そこには犯行の瞬間がおさめられていたが、告発したことによって事態は悪化の一途を辿っていくことに……。

もっとシチュエーションスリラー的な作品を想像していたが、違った。かなりリアルに展開していくストーリーでグングン引き込まれた。本作には異常な教師も異常な生徒も出てこない。ただ、各人の思惑がとことん掛け違ってしまったことによって事態が複雑化していくという状況を描いている。

私が小学校のとき、実は同じような事件があった。音楽室の壁に穴が開けられたんだったかな?とにかく、教師たちは私の学年で問題児が集まっていると見做されていたクラスの、1番反抗的だった生徒を犯人だと決めつけた。そこで罰が与えられたかどうかは覚えていないのだが(本人は認めなかったと思うのでおそらく話は平行線だったはず)、後日ひょんなことから別のクラスの生徒3人が犯人だったことが判明したからさあ大変。犯人扱いされた生徒にどうフォローしたのか私はは知らないものの、「こんなことあるんだな」と子供心にかなり印象に残った出来事となった。

どんなにフェアでいようとしても、思い込みというものは存在する。本作に出てくる教師たちは思い込みからベクトルを定めて、生徒の人権を無視したやりかたで犯人捜しをしようとした。それが発端なことは間違いない。しかし、正義感に駆られたカーラの行動もまたフェアとは言い難かった。結果、各々がそれぞれの正義感や信念に基づいて「正しさ」を追求するというカオスが生じたわけで、本作のような事態はどこでも十分に起こり得ると感じた。

カーラが犯した最大の間違いは、他人が自分の予想通りに行動すると信じていたことだろう。授業の最初にやらせる手遊びは「子どもたちも楽しんでいる」と信じたからだし、動かぬ証拠があると犯人につきつければ「ごめんなさい」と素直に自白すると信じたわけだし、カンニングなどの不正を指摘すれば誰もが深く反省すると信じた。他人がどう感じ、どう行動するかなんてわかるはずがないのに。誰かを糾弾するときは、反撃されることや本人が認めないことも鑑みた上で行動しないといけないのに、性善説に基づくナイーブなカーラは見通しが甘すぎたのだ。

カーラはいわば『ミッシング』の砂田のようなキャラクターだ。善人であり、正義感が強い。でも、彼女がいくら「私はあなたをかばった」と主張したところで、他者を傷つけるという結果に陥ったという事実は厳然として揺るがないのだ。フェアネスを実現するには、自分の中の正義ではなく、どうやったら最良の結果に到達するのかを冷静に判断しなければいけないわけで。組織における行動の仕方と、子どもたちへの向き合い方について多くの示唆を与えてくれる映画に仕上がっていた。

最終的には誇り高いオスカーと、追い詰められたカーラとの一騎打ちになるわけだが、決して屈しないオスカー(そもそも彼自身にはなんの罪もない)を守ることができなかったのは、カーラの敗北だろう。だって、仮にカーラの思い通りに事態が運んだところで、立場上オスカーが窮地に立たされることは簡単に予想できたはずなのだから。カーラは独善的な正義感による暴走によって、最初から本当に守るべきものを間違えていたのだ。大人たちのブレブレで視野の狭い行動と、一方的に疑われ、一方的に行動を抑制された生徒たちの抵抗との対比。どんなに苦しくても屈しなかったオスカーの強い精神力は救いだが、ドイツという国の教育システム上、このことが彼の未来に悪い影響を与えることがほぼ確実という現実が重くのしかかるラストシーンだった。玉座にいるように退場する彼の姿がいつまでも頭から離れない。

学校内部のみで完結するシチュエーション、クラスの生徒のバランスと新聞委員たちとの議論、教師間のパワーバランスや意見の相違などが非常にきめ細やかに配置されていて、純粋にめちゃくちゃ面白い映画になっているのも大きなポイント。スリリングかつ知的な刺激に満ちている良作。

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