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青春18×2 君へと続く道のtekeroinのネタバレレビュー・内容・結末

青春18×2 君へと続く道(2024年製作の映画)
4.7

このレビューはネタバレを含みます

*観る気を失くしかねない盛大なネタバレを含みます。ご注意下さい。






















 本作は、話を構成する時間軸のどこを切り取ってもアミとジミーの二人の想いが成就する場面がどこにもないって所が凄いんです。ゆえに『青春18×2 君へと続く道』はどこまでも失われたものを描き続ける物語でしかない。
 ジミーを演じるシュー・グァンハンさんが劇中で終始、その横顔に保ち続ける寂しさの理由がここにあるのですが、その時に見せる色合いが躍動感のある18歳の頃の彼との対比に活かされていて、稀有な映画的切り口になっている。そこから繰り広げられる藤井道人監督のセンスに濾された映像表現が力強く、喉越しとして味わえるノスタルジーの深みがマジで半端じゃない。この一点だけでも傑作という評価に値するレベルに達しています。



 初恋という売れ線のテーマを無作為にピックアップしても、本作は一筋縄じゃいきません。アミとジミー、それぞれの胸に抱えていた「思い出」は誰かに向けて語られることはあっても、あの時はこうだったよね、といった形で互いに語り合う機会は一生訪れない。何ひとつ伝えられなかったという悲しみがずっと画面を支配します。ある意味、独りよがりの語りに終始するんです。
 にも関わらず観客が妙な疲れを覚えることなくスクリーンに集中できるのは、ジミーがアミに向ける想いの集積にただただ素直に感動できるから。人が人を好きなるという単純な事実の証明を、アミと出会って抱けた新しい夢と共に、彼が最初から最後まで一秒たりとも止まらずに続けるからなんです。
 この点はアミも一緒です。死んでもいい、とどこかで思っていたであろうアミはジミーと出会うことで生きる為の選択を行えた。狭心症という難病によって思うように絵筆を持てなくなったその時まで、彼と過ごした台湾での日々を彼女は愛し続けた。死の足音がどんどん間近に迫ってきても諦めずに済んだのは、ジミーを想う自分自身の気持ちが彼女の心を支えたからなんです。
 藤井道人監督がインタビューなどで「思い出が人を救う瞬間を描きたかった」という趣旨の発言をしていましたが、そこに込められた意味合いを私は上記文脈において理解します。遂げた想いだけが人を支えるのではありません。誰かを想う、その瞬間的な事実だけで人は本当に生きていける。そのために必要だったアミとジミー、それぞれの一人称語り。18歳という時間を起点にしてそれぞれの人生の終わりに向けて延びていく真実です。だからこそ本作のタイトルには青春18「×」2という記号が欠かせなかった。この一点に託せる数々の出会いと忘れられない光景。それが本作の全てなのだと私は思います。



 技術的な側面を含めて注視しても、本作は商業映画としても非常に完成度が高いです。美的感覚に満ちていたり、ユーモア溢れる映像表現が一滴も無駄にならずにスクリーン上の物語に還元されていき、雄弁な語り口となって観る側の心を躍らせていく。
 劇伴も終始印象的でジミーやアミの心模様をイメージするのを手伝ってくれるし、エンドロールで流れるMr.Childrenさんの『記憶の旅人』なんて第二の台詞かと錯覚するぐらいにジミーの言葉を歌い上げている。そのお陰で劇場を出てからもぼろぼろと泣きそうになってしまうのは困りものでしたが、晴れ晴れしい気持ちで家路に着くことができました。鑑賞後に与える影響の大きさも込みで凄くいい作品だと絶賛するのになんの躊躇いもありません。ベスト級の映画と評されるのも当然だと思います。



 演技の面でいえば、上述したように36歳の今と18歳のあの頃とで様変わりするジミーの心情をカメラ映えするルックスだけでなく、身体で覚えたという日本語の台詞で演じ切っていたシュー・グァンハンさんが賞賛に値しますが、そんな彼と匹敵するぐらいにアミという完全無敵のヒロインを血肉の通った人物として表現していた清原果耶さんこそ本作の顔になるべきだと私は考えます。
 朝ドラに出演した頃から清原さんの演技を可能な限り追ってきましたが、その演技力は本作で次のステージに駆け上がった感じがして仕方ない。上手い、という一言では評価しきれない登場人物の存在感というか、人間性の滋味のようなものを出演する全場面で見せていました。
 泣き顔ひとつとってもその美貌で魅了するというより、涙の原因となっている心の震えで観客の涙腺を壊してくれるんです。特にラスト。自分のことながら信じられないくらいの量の涙が、かつてない速度で頬を伝っていくのを体感しましたよ。あれは死んでも忘れられない。押し寄せる感動の勢いでいえば『ソウルメイト』以上でしたね。ますますファンになりました。



 入場特典が既に配布終了となっていたりと悔しい思いをしつつも、本邦の興行成績だけで見てもかなり好調のぶり。アジア圏でも次々に上映が決定したりして話題になっているのを裏付けるだけのクオリティの高さを視覚、聴覚といったあらゆる方向から物語的に楽しめる。そんな本作だからこそ、例えば『悪は存在しない』といったある種の前衛が映像表現の良さとなっている作品を苦手とする方なら余計に合うのかも、と直観するところでもあります。
 なので、本作に関しては全方位に向けてお勧めの声を上げたい。万人受けする作品の体幹の強さを知れると思います。迷っている方は是非。胸を張ってお勧めします。
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