水無月右京

マイノリティ・リポートの水無月右京のレビュー・感想・評価

マイノリティ・リポート(2002年製作の映画)
4.5
この映画、初見です。海外ドラマが面白くて見てみようかなと。(ドラマ面白いのにシーズン1で打ち切りだなんて、残念すぎる)

未来的な世界観(網膜スキャンで個体識別、娯楽としてのヴァーチャルリアリティ、個人の深層心理に直接訴えてくる宣伝手法など)に加え、スピーディーなストーリー展開ということで、まったく退屈することなく楽しめました。ナイスなSF娯楽映画。同時に少し考えさせられる要素も。これについては後述します。

時は西暦2054年。殺人予知が可能になった未来が本作の舞台。ワシントンDCに殺人予知システムが導入されて以降、DC殺人発生率0%を達成。主人公は、殺人事件を未然に防ぐためのセクション、犯罪予防局のチーフ(チーム長)です。殺人予知システムが時刻・場所・加害者・被害者をビジョンとして映し出し、双方の名前も特定、未来殺人に関する事案について司法責任者からオンラインで承認を取り付け、殺人事件が起こる直前に"未来殺人罪"で逮捕するチームを率いています。息子のショーンを誘拐された過去があり、それがきっかけで妻とは別居しています。

ストーリー冒頭で、犯罪予防局の局長が殺人予知システムの全国的導入に向けた働きかけを行っており、国民投票を行うところにまでこぎつけています。そんな最中、司法省からシステムの信頼性について監査が入ります。監査官は"たとえシステムが完璧でも、扱うのが人である限り何らかの欠陥はあるはず"という信念のもと、システムそのものの信頼性の確認と、システム運用上のリスク評価をする役回りです。

あるとき、いつもどおり主人公が業務をこなしていると、システムが殺人を予知します。しかしながら、そのビジョンに映し出されていたのは主人公で、見ず知らずの人を殺すというものでした。

それまでシステムを完璧だと信じてた主人公は、初めてシステムに疑念を抱きます。それは同時に、犯罪予防局が主人公を逮捕すべき対象とすることを意味していました。そこで自身の身の潔白を証明すべく主人公は逃走を図ります。果たしてシステムは正しいのか、システム運営に不備はないのか、主人公は潔白なのか、といった流れでストーリーは進んでいきます。

システムを支えているのは、3人のプリコグ(precog:名,予知能力者. precognition:名,予知.
のほうが知名度高い単語でしょうね)。その特殊能力を買われた彼らは、"人として"ではなく"システムとして"維持管理されています。プリコグの一人であるアガサが言うところの"死んでもいないし生きてもいない"状態で、そこに彼らの幸せはありません。彼らは普通の人と同様、日々の生活や幸せを享受したかったわけで、装置につながれっぱなしの生活を誰一人望んでいませんでした。これが意味するものは何かというと、人は時として"人"の幸せよりも"社会としての利益"(ここでは予知システム)を優先させることがあるというもので、社会利益を図ることは当然のこと、その裏で排除される幸せについても配慮や次善策の検討が必要である・・・と改めて考えさせられました。

結局のところ、司法省監査官の読みは当たっていて、最終的には予知システムが必ずしも完璧ではない(ビジョンは1シナリオにすぎずビジョンから分岐する未来が存在する)、システムの予知イメージにアクセスできる者がいれば、システムの裏をつくやり方で自身の地位を損なうことなく殺人を犯すことができる、システムの運用面にも欠陥がある(本作ではエコー処理)などが明るみとなって、殺人予知システムの運用は廃止されます。本作を見てちょっぴり感じたことなのですが、現在の"冤罪問題"や"ストーカー殺人問題"にちょっぴり通じるものがあるな(司法判断は完璧ではない/事件が起きてからだと遅い)と思いましたね。

司法省監査官はクレバーでクール、主人公も熱血タイプだけど賢くて格好良かったです。主人公がプリコグと逃走中捕まるのですが、これは正解ルートの1過程だったんでしょうね。捕まる直前のプリコグのコメントが夫婦としての絆を呼び戻すきっかけとなって(エンディングでは、新たな命を宿しています)、自身の未来が"社会から管理されるもの"から"自身の選択"に委ねられるようになり、プリコグ自身の解放にもつながるわけです。紆余曲折がありましたが、おそらく関連する人々のハッピー度がMAXになるルートをプリコグのアガサは、"最後の仕事"として選択したんでしょうね。

本作をまだ見たことがないのであれば、この冬休みにでも一度ご覧になってみてはいかがでしょうか。楽しめましたよ♪