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ノスタルジア 4K修復版のeのレビュー・感想・評価

ノスタルジア 4K修復版(1983年製作の映画)
4.3
主人公には持病があり、それが未来への見通しを失わせてしまっているように感じます。
彼はロシアの詩人で、イタリアで取材旅を行っています。同行する美人通訳への欲望を理性で押さえ込んでいるようです。
そんな男に愛情を抱いた通訳は、主人公の自制的な態度を自由を怖がる偽善だと罵りました。

主人公は夢を見ます。故郷で待つ家族と動物たちが現れました。また幻想には信仰心を感じさせる断片が現れました。
暗い未来と、目の前の欲望、遠い故郷。複雑な葛藤が見え隠れしながら、旅の終わりが近づきます。

温泉のある町に立ち寄ったふたりは、そこで狂人と呼ばれる男と出会いました。
彼は世界の終末を待つため、家族を道連れに7年間閉じ込もった過去がありました。今は荒れたあばら屋に一人、犬と暮らしています。
そんな狂人を見る人々の意見は、宗教的危機感によるものだった、嫉妬心のせい、恐れ、信心深さなどと様々。

生き方を変えたいと考えている主人公は、狂人に興味を持ちます。関わりを求め、あばら屋へと踏み入っていきます。
そこでは狂人から、まるで神秘に触れたかのように語られる原理的な考えを聞くことになりました。
その影響は主人公の夢に原初的な変化をもたらし始めます。そして狂人もまた思想の実現に向かっていきました。

絵画に例えられる驚異的な映像に圧倒され、スクリーンで観れたことに喜びを感じました。
じれったいほどに静かな時間の中、パズルが組み合わさっていくように迎えるラストシーンの重層性には、ただ立ちすくむような気持ちでした。

自由という当然のような感覚。
便利さのなかで心が壊れるパラドキシカルな課題に対して、自然に根付く詩や哲学の修復力も欠くことのできないものかもしれないと思えました。

でも、いちばん印象的だったのは扉がノックされるシーンで、寝てしまった観客が「ハイ!」と返事をしたこと。
映画と現実の境界線も消えた忘れられない瞬間でした。
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