ShuheiTakahashi

テルマ&ルイーズ 4KのShuheiTakahashiのレビュー・感想・評価

テルマ&ルイーズ 4K(1991年製作の映画)
4.7
悔しい終わり方。
だけど、2人にとってはこれしかない終わり方。
クソ男ばかり。
クソ男にやり返すには銃を持つしかないのか。
プロミシング・ヤング・ウーマンを観た時は性器切るくらいの復讐はしたっていいと思ってたけど。
レイプ男にぶっ放した時も、トラックキモ野郎のトラックにぶっ放した時も、正直めちゃくちゃすっきりした。
けれど、社会は変えられない。
でもこれも現実の一つ。
でも、やるしかない。
抑圧や搾取からの解放。
でも、そもそもなぜ、女性側が行動するしかないのか。
変わらなければいけないのは男性のはずなのに。
精神をすり減らして、男性が気づくように努力しなければいけないのか?
働きかけなければいけないのか?
どこまでいつまでガキでいるんだよ。
でも、男性優位の社会で今まで生きていた男に言われたところで、お前が言うなとも思われるかもしれない。
思われたって言いだろうが。
今ある常識をぶち壊したい。
逃げ続けるか、闘い続けるかだ。

ルイーズは最初から最後まで好きだった。
ただテルマは序盤は嫌いなキャラ。
自分を持っておらず、考えなし。
いや、持っていなかったというより、奪われていたという表現の方がしっくりくる。
パートナー、いやあえて旦那と言おう。
旦那に、社会に、自分を奪われ続けてきた。
この旅は自分を取り戻す旅だった。

テルマの考えなしのキャラはたくましさに変わっていき、いつの間にかテルマを好きになっていた。
見事な脚本。
観るものの感情を巧みにコントロールしている。
序盤のはしゃぎっぷりに辟易していたが、後半のハメの外れっぷりには最高!となっていた。
ハメを外しているとは言ったが、実際には外れていたのがハマったんだと思う。
本来の自分を取り戻していた。

テルマとルイーズの描き方が秀逸。
序盤から対照的に描いて、キャラクターを紹介。
テルマは考えなしになんでもバッグに突っ込んでいく。
ルイーズは几帳面に必要なものを丁寧にしまっていく。
家の掃除も行き渡っている。
テルマの部屋はぐちゃぐちゃ。
落ち着きなく冷蔵庫の中のものを出したりしまったり食べたり。

ベッドシーンも対照的に描く。
ルイーズは出会った頃の話をしながら静かに燃え上がっていく。
テルマはもう勢いと感情のまま。

台詞で見せずに行動でキャラに深味を出していて、観ているうちに2人を大好きになっている。

だからこそ、ラストは悔しい。
クソ男どものせいで。

テルマの旦那は誰が見てもクズの家父長制の権化のような男だが、ルイーズの彼氏も似たようなもんだ。
失うとわかってから優しさを見せたところで、それは自分本位な行動にすぎない。
刑事も多少わかる人ではいたが、救いには足りない。

私は男だ。
女性の気持ちがわかるなんて口が裂けても言えない。
性別なんて関係なく接するなんて恥ずかしくて言えない。
そんなことが言えるのは、性別で差別や搾取をされてきていない人生だからだ。
差別と理解は同じだ。
私たちに必要なのは理解ではない。
同調でもない。
違いを知ることだ。
知ろうとし続けることだ。
そして知った上で何をするか。
今ある社会の在り方、日常を生きていて、疑問や違和感を持つことはたくさんあるだろう。
その都度、発言できているか、行動できているか。
気にしないで済んできた人生だったか?

気づかないうちに搾取に加担している。
そんな社会にしているのは誰なのか。
どう考えても性犯罪は加害者のみが悪い。
仮に誘ったとしても、被害者に責任は一切ない。
そんなんじゃ誰にも声かけられないとか一瞬でも思った誰か、そもそも誘うな。
合意の雰囲気だけで性行為するな。
恋人やパートナーだけとしとけ。
そして恋人やパートナーとする時も合意の上でしろ。
ロマンチックだとか知るか。
そんなんじゃモテないとか知るか。
そのモテるモテないという概念も一体誰がつくったのかな?

テルマ&ルイーズに救われた気持ちもあるが、救われた気になってはいけない。
痛みはまだ続いている。

法律は何を守っているのか。
ShuheiTakahashi

ShuheiTakahashi