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トラペジウムのkeeeeetのネタバレレビュー・内容・結末

トラペジウム(2024年製作の映画)
3.5

このレビューはネタバレを含みます

2024
37/100

高山一実ファンには申し訳ないが結構弱点のある原作だとは思っている。

悩ましい点として、アイドルとしてデビューするまでが結構長い。もちろん普通の女の子達が集結しアイドルになる、という過程が重要なのは承知の上。ただ、原作小説は全九章+エピローグという章立てで本格的にアイドルとして活動するのは八章から。そして九章の初っぱなにもう崩壊する。じゃあ七章まで何をしているかというと「仲間集め」+「仲良くなるイベント」+「メディアに注目されるための暗躍」である。多少の不和やいざこざは発生するが基本的に主人公以外がみんな“いい子”なため、大きなトラブルもなく話は割りと順調に進んでいく。ここが少し淡白に感じてしまう。
あとは主人公・東のキャラクター造形。小説は彼女の一人称で進行するため当然心で思っていることは駄々漏れになるのだが性格は「結構イヤな奴」である。勿論、夢への情熱が溢れた努力家なのは間違いない。ただその上でヘイトを溜めるような行動・思考は多い。例えば車椅子の少女サチが文化祭に来て自分の目論見が崩れたとき、映画ではまだマイルドになっていたが、胸中が分かる小説ではしっかり邪険に見ている。その後「アイドルが好き」というサチの憧れに触れて意識が変わる様子はあるが、逆に共通点が無ければ終始サチは邪魔な子という認識でいたのかと。そしてどれだけ本人が否定しても第三者から見ればボランティア活動は彼女の「踏み台」としか思えない。
翁琉城の通訳ガイドで目的を果たした後は一緒にやった老人たちとの連絡を絶っている。映画内では電話上でAD古賀との橋渡しをするのはガイドの一人である伊丹さんだが、小説内だとその役割はなく、連絡を面倒臭がられてアドレス帳から削除されている。リアルといえばそれまでだが、じゃあ応援したくなる主人公かと言われるとちょっと頷きづらい。
東本人が大人になってからの回想で「あのとき自分は幼稚だった」と反省している。実際、夢のためになりふり構わない様は若気の至りムーブでいいのだが、一方で彼女が周囲を見る目というのは大人びているというか達観している。これは純粋に作者=高山一実=大人の目というフィルターを通して東は世界を見ているわけで「今の子」っぽい喩えや表現に欠けている(お蝶夫人くらいはギリ使うか?)。なので行動は子供っぽいのに思考は大人というアンバランスが気になる。とはいえこれは処女作なわけで、そこをアレコレ指摘するのは意地悪なのであまり言わない。

その上で本作はかなり弱点をカバーしており見応えのあるアニメーションになっている。
特に東西南北が揃うまでの序盤は劇的なことが起きるわけじゃなく、画が持つのだろうかと心配だったがMAISONdesと星街すいせい手掛けるスタイリッシュな主題歌とオープニング映像がバシッと挨拶代わりの一発を入れるので、その余熱でちょっとゆるい起承転結の起の時間を引っ張ってくれる。
ありがたいのはスピーディーな展開。ボランティア周りの細かいエピソードや東の普段の学校生活風景などすっぱりカットしたのはテンポを考えたら正解。その分をアイドルデビューしてからの時間にあててくれて本当に良かった。原作には無かった(というか描写しようがない)歌唱・ダンスのシーンはまさに「アニメだからできること」。文章メディアを映像化する意味がちゃんとある。
もちろん小説には文章ならではの映像を想像させる余地やユーモアが散りばめられているが、題材が「アイドル」である以上、視覚こそがどうしても絶対的だ。そこをきちんと描いてくれるのは劇場で観る価値を間違いなく高めてくれる。
細かい改変も大体良い方に機能している。コスプレでサチはアイドル服を諦めるとき「東ちゃんに着て欲しい」と渡す。原作はそうじゃなくてサチが着ないなら私が着るわ的な流れで東側が選ぶが「本当は着たい人」から託されるという意味が乗っかる方が後に交わす約束も熱くなる。これは地味だが最高の改変だと思う。
通訳ガイドのテレビ取材も原作では一応東たちはみんな映って紹介までされる。その上で「何も変わんねーな」というノスタルジーが良い場面ではあるが映画では老人グループの後ろに一瞬映るだけ。これは好みの問題だが、メディアの冷たさを食らう展開ならこっちかなと。
娘の「私は嫌な奴だよね」に対して母親の「そういう部分もあるしそうじゃない部分もある」というのは親として最高の返し。出番は少ないがこの母親は凄く良い。
不満点としてラストシーンに欲しい台詞が無かった。原作の最後の一文でもある「初めて見たときから光っていました」は絶対必要だった。絶対必要だったなぁーと映画館を出るときずっと思っていた。「夢を叶える喜びは叶えた人しか分からない」で終わってしまうとまるで「勝者の目線」のようでちょい嫌みっぽく見えてしまう。それよりは初めて見たときすなわち「アイドルになる前から光っていた」の方がアイドルじゃなくても人は誰でも光輝けるというメッセージになって良かった。なぜなら後半でアイドル絶対主義だった東が「勤勉が必須の一番かっこいい職業~」みたいな話し声を聞いて明確に反省するからだ。勝手に職業に順位を決めていたと。この点は残念かも。
それと美嘉の彼氏が発覚した件で「彼氏がいるんなら友達なんかにならなきゃよかった」。これは主人公から発する言葉として流石に酷すぎる。

色々言いたいことはあれど総じて退屈せず楽しんだ、というのが素直な感想。アニメ作品をひとつのアイドルとして扱うなら、偶像としてのアイドル度が高いのは『ラブライブ!』とかになってしまう。本作はそういった類いのアイドルアニメじゃない。あくまで焦点は人間の内面。憧れに挑み、憧れに裏切られ、それでもーーという話。
アイドルという坂道を駆け上がるのはしんどいし一度躓いたら転げ落ちるのは一瞬。だからこそ涙や汗は人を光らせる。
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