ワンコ

ヴェルクマイスター・ハーモニー 4Kレストア版のワンコのレビュー・感想・評価

5.0
【多様性と調和/チョコロンな世界】

とても政治的メッセージの強い作品だと思う。

ヴェルクマイスターを批判して、7つの音階だけで構成して…なんて今更言われても、音楽家は困るだろうななんて考えるのは僕だけじゃないと思う。聴く方だって、半音が無くなるってどうなのよと思うに違いない。

実は調和に逆行しているのだ。

政治的秩序なんて云っても、それまで知りもしない思想が掲げられ、顔も見たこともないリーダーが祭り上げられても混乱するばかりなのは当たり前だろう。

クジラやプリンスはそんなもののメタファーだ。

ハンガリーなど東欧はこうした政治思想や争いの絶えない地域だったのだ。

この作品が制作されたのは2000年。

ハンガリーは民主主義国家として既に歩み始めていて、前年の1999年にはNATOに加盟、その後2004年にはEUへの加盟を果たす。

映画「ヴェルクマイスター・ハーモニー」は、一見社会主義を批判しているように思えるが、実は、新たにNATOや EU加盟も含めて、社会主義体制が崩壊して10年程度で一気に社会システムが変化、そして、そうした価値観の変化に人々が追いつけず戸惑ってさえいる様を表しているように思える。

また、こうした急激な変化によって人々は本当に幸福になれるのか、他に多様性をキープできるような選択肢はないのかと敢えて混乱と対比させて見せることによって、一義的には必然と思われる方向性に対して疑問を投げかけるような構成になっている気がするのだ。

今や世界は不穏だ。

ロシアや中国は、西洋的な民主主義は押し付けだと反旗を翻しているように思えるし、アメリカのトランプも実はそんな人物だろう。

こうした国や人物は、自分たちの主張を通せることこそが多様だと屁理屈のようなことを言っているように見える。

ただ、こうした考えに同調する輩は日本にも多くいる。

リベラルのモラリティを前提にした言論は言論の自由とは言えないなんて主張もそうだ。好き勝手な言動や誹謗中傷を担保したいだけじゃないのか。

この作品は、この困難な時代にあって、僕たちに多様性を前提にした調和とは何なのか考えることを促しているように思える。

エンディングの場面が示すように、天体など調和を好んだヤノーシュの精神は病んでしまう。現代社会のようだ。

これに対して、調和があってこその多様性なのだと。

ヴェルクマイスターは、音楽の世界にあって、17世紀の終盤にそんな多様性と調和が存在することを調律の中で明らかにしていたのだ。

ところで、ヴェルクマイスターの試みは、後の電子ピアノやシンセサイザーなど電子楽器の発展にも寄与したとも言われいるようで(詳しくなくて申し訳ないけれども)、テクノミュージックを早いうちに牽引した坂本龍一さんが、ガンの闘病や東日本大震災を経て、陸前高田の一本松の電子の流れを記録して音楽として残そうとしたことなど思い出すと、多様とは既に僕たちの世界が調和として獲得しているもので、戦争も含めた直接的な暴力や、ネットの誹謗中傷など、人間だけが調和出来ていないんじゃないかと思ったりする。
環境破壊も実はそうだ。

ヤノーシュが映画の中でよく言っていた「チョコロン」だが、”こんにちは”とか、”やあ”とか、”またね”とか色んな場面で使われて、イタリア語のチャオみたいものらしい。
チョコロンで阿吽がはかれる世の中になれば良いのになあと思う。
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