真一

理由なき反抗の真一のレビュー・感想・評価

理由なき反抗(1955年製作の映画)
4.5
 反抗には、明確な理由があった。ただ、理由を言えなかっただけだ。当時のアメリカでそれを言えば、差別され、病院送りになるから。

 同性を好きになることが許されなかった1950年代のアメリカではー。

 ようやく本作品を観た。同性愛者ゆえに好きな人に好きと言えない天涯孤独な少年プレイトー(サルバトール・ミネオ)の切ない思いと行動に、胸が詰まった。
 親にも見放され、メイドの下で寂しく暮らす友達ゼロの高校生プレイトー。そんなプレイトーの前に、転校生が現れる。ジム(ジェームス・ディーン)だ。クラスのやばい連中に目をつけられながらも、動じずに一人佇むジムに、プレイトーは密かな思いを寄せる。

 「プラネタリウムの近くに廃墟がある。あそこを僕たちの隠れ家にしようよ」

 プレイトーのあの台詞は、同性への恋の告白など許されるはずもない当時において、好きになったジムに伝えられる最大限の恋愛表現だったと思う。

 ジムと二人で廃墟で語り合うというプレイトーのささやかな夢が、あっけなく壊れた場面は切なかった。チキンレースに勝利したジムが美少女ジュディ(ナタリー・ウッド)を連れ、一足先に廃墟を訪れていたのだ。それでも、嫌な顔ひとつ見せずに笑顔で二人と合流し「君たちと一緒にいれて、僕は幸せだ」と応じるプレイトー。告白もできないどころか、思いを寄せていることをジムに気づかれてもいけないのだから、そう言わざるを得ないのが、見ていてよく分かった。目の前でジョディといちゃつくジム。そのジムを見つめて微笑むプレイトーの切ない姿に、うるっと来た。

 それだけに、廃墟の一階で二人に置き去りにされた時のプレイトーの悲しみは、どれほどのものだったかと思う。このシーンの後から続くプレイトーの暴走からは「どうせ僕は嫌われ者なんだ。人間扱いされないんだ!」という心の叫びが聞こえてくるようだ。

 この映画のクライマックスは、心を閉ざしてプラネタリウムに立て籠ったプレイトーが、ジムからあの赤いジャケットを受けとるシーンだろう。「寒い」というプレイトーに、自分が来ていた真っ赤なジャンパーを「これを着ろよ。暖かいよ」と優しくささやいて渡すジム。そして、ジャケットを抱き締め、幸せそうに頬擦りするプレイトー。ああ、切なすぎる!

 ほかの方のレビューをみて納得した。確かにプレイトーは、色違いのソックスを吐いていた。左足に青、右足に赤のソックス。カミングアウトが許されない中、差別的な社会に対する精一杯の抵抗と、自分らしく生きたいというプレイトーのほとばしるような思いを感じた。

 最初にソックスが写る場面では、ジムはジュディと一緒に笑った。事件が悲劇的な結果に終わった後のシーンでは、ジムは色違いの靴下をみて号泣した。友人を亡くしたということにとどまらず、友人の密かな思いに気づいたジムの万感の思いが、あの涙に込められているような気がする。

 当時は映画であっても、同性愛やトランスジェンダーを肯定するような描写は許されなかったようだ。だとすれば、本作「理由なき反抗」はジムの青春の葛藤をメインテーマにしているとする解説は飽くまでも表向きの話で、ジェンダーマイノリティの魂の叫びを「分かる人には分かる」形で発信するところに、この映画の真のメッセージがあるとも読み取れる。

 そして、自分はそう解釈した。

 名作という言葉では片付けられない、胸が締め付けられるような映画だ。
真一

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