ひろぱげ

94歳のゲイのひろぱげのレビュー・感想・評価

94歳のゲイ(2024年製作の映画)
2.8
1929年生まれ、今年94歳になるゲイの男性に密着したドキュメンタリー。2022年に大阪のMBSで放送されたテレビ番組に追加撮影・再編集を加えたものだそうだ。そのテレビ版は以前見たことがあったが、その後色々大きな出来事があり、それもこの映画には盛り込まれている。

父親と愛人の間に生まれた子として多少の差別を受けて育った少年時代(初恋は学校の男性の先生だったとか)。14歳で満州に渡り、戦後帰国。職場で結婚や彼女の話題となると居心地が悪くなり、職を転々としながら詩作や小説を書くなどしてきた長谷さん。「結婚もセックスも一度もしたことがない」と語る。

ドキュメンタリーとして、この人物をもっともっと掘り下げてほしかったのだが、作りとしては優等生的というか、「かつて同性愛を公言するなどもってのほかだった時代を一人生き抜いてきた」「彼のこれまでの苦労・苦悩を思うと心が痛む」といった面ばかり強調されている気がした。
一方で、昭和一桁のゲイ男性がみな長谷さんのようだったわけではないと思う。中には、望まぬ結婚をしたうえで「隠れゲイ」として性生活を謳歌していた人もいただろうし、(長谷さんの様に)独身を貫きながらも(長谷さんとは違って)性に奔放に生きたり、恋人と過ごしたりしてきた人もいたに違いない。(30年程前にゲイバーやハッテン場で時折見かけるおじいちゃん達がいたが、彼らはそんな人のひとりだったのではなかろうか?)
ゲイの昭和史的な面を紹介するのなら、そういう人々の事も取り上げられて然るべきかと思う。

長谷さんばかりが昭和一桁ゲイの代表ではないはず。長谷さんはある意味特殊な人なのだ。(こういう人もそれなりに多かったのかもしれないが)
だからこそ長谷さんならではの部分=実はもっとムッツリスケベだったりしたはずだとか、詩作や文学の表現者としての部分とか、をもっと捉えられなかったかなと、少し物足りなく感じた。

突然挿入された六尺飲み会の様子や、露出の聖地と化している新世界ブロードウェイの店内の映像なんかも違和感がある(これどういう意図?みたいな)し、日本のゲイの歴史の転換点のキーマンとして登場するのが伊藤文学というのも、「あーあ」という気がしてしまう。(いや、「薔薇族」には大変お世話にはなったけれど、この伊藤文学という人には色々複雑な、愛憎こもごもな気持ちがあったりするのである)

作中のインタビューで「長谷さんはゲイの老後のロールモデルだ」みたいなコメントが何人かから出てきたけど、長谷さんの日々の暮らしは、あたかも自分の40年後(そこまで生きてりゃの話だが)の姿のように見え、なんだか微笑ましくも身につまされるというか、今の、好きな物に取り囲まれて物に埋もれてしまいそうなおれの部屋と長谷さんの部屋がそんなに変わらないような気がして、複雑な気持ちになった。

ちょっと辛口になってしまったが、長谷さんのバイタリティと愛嬌のある人となりは素直に好きで、そこが救いだなあと。
長谷さん、牛乳パックの直飲みは止めた方がいいよ。あとクーラー使ってね。これからもお元気で。
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