【砂漠のような世界で居場所を追う事への葛藤】
■あらすじ
21歳のカナにとって将来について考えるのはあまりにも退屈で、自分が人生に何を求めているのかさえわからない。何に対しても情熱を持てず、恋愛ですらただの暇つぶしに過ぎなかった。同棲している恋人ホンダは家賃を払ったり料理を作ったりして彼女を喜ばせようとするが、カナは自信家のクリエイター、ハヤシとの関係を深めていくうちに、ホンダの存在を重荷に感じるようになる。
■みどころ
第77回カンヌ国際映画祭で国際映画批評家連盟賞を受賞した本作は美容クリニックで美容脱毛に従事する女性カナの生き様を追ったお話。
将来について考えるのが退屈で何を求めているか分からず、同棲している献身的なホンダから自信家でクリエイターのハヤシに乗り換えようとする。
カナには何か言語化することができない苛立ちを覚えていて、ホンダやハヤシとのやり取りの中である変化が起きるが…
全体的に90年代を思わせる色褪せた映像、エレクトロで近未来的なBGM、予測不能な展開・下品にならないギリギリのフェティシズムと独特な雰囲気を持った本作。
そんな本作は将来について退屈で今の感情が刹那のように目まぐるしく変わる若者の目線に寄り添った演出・演技が特徴的だと思う。
他者の死、他者の期待などをカナは消費し、不安・孤立を埋め合わせていく姿を中心に映していく。
まるで社会の営み・他者から無限に降ってくる膨大な情報に囲まれている中で自分自身の相対的な位置づけに嫌でも感じる劣等感、社会の営みの中で貧しさ・分からない/思い通りにならない事への苛立ちをカメラや突拍子もない展開で現出する。
そういったところはジャック・リヴェットのような非線形さを彷彿とさせるし、下品に見えて下品に見えないバランスはフィリップ・ガレルのようなものを感じた。
将来について明確に考えを持たないノマド的な発想で刹那な感情の赴くままに生活を変態し、変態していく中でカナなりの居場所を突き止めていく砂漠のような世界から気怠くオアシスを探すのが本作の白眉であると思う。
じゃあ本作は批評家連盟賞を撮るほど面白い映画かと言われると個人的にはそうは感じられなかった。
本作は若者の気持ち・精神的な状況を生活と映画的展開によって現出した映画であるが、カナの境遇をカウンセリングするシーンがある。
そのカウンセリングによるシーンからカナの生活と映画的に〆る展開があるが、その一連の流れが単にカナの精神世界を答え合わせしただけで不誠実な結び、冒頭から〆まで「ノスタルジックな雰囲気と現代社会の若者の気持ちのコントラストってどうよ?」な映画の範疇に留まっていて微妙だと思った。そもそもミステリアスな世界からの温度差がありすぎて蛇足にも感じる。
それ故に辛さを共感したり慰める時間を消費すら出来ず、単にメランコリックな人物が見る世界の現実と虚構が入り混じった世界ってどうよ?な問題提起しかしないのは当事者的にどうなのさ?な話。
他にも演出がテーマに対して合っていないように感じる部分もちらほらある。
ハンディカメラで手振れが起こるカメラワークは前後のシーンを加味して、カナの置かれた境遇・関係性の変化…と取れなくもない。
けれどもその技法も含めて抽象度が高く、その抽象的展開と主題がマッチしていなくて単に奇抜さだけが残っているような映画に感じる。
カウンセリングのシーンと砂漠の映像がシームレスに繋がっているという見方も、現代の若者の気持ちを代弁しているという見方も取れる映画だと思う。
けれども個人的にはカウンセリングするまでのカタルシスやカウンセリングしたからのアクションが弱弱しくて、それがカナが都合良い自己中な人間で感情移入できず手放しに本作を褒められない要因だと感じました。
見終わっても特に印象に残らない作品で残念でした。