監督は「ドラゴン×マッハ」や「SPL狼たちの処刑台」(製作)のソイ・チェン。
主演は香港の歌手・俳優であるレイモンド・ラム。
[あらすじ]
1980年代、英国から中国へ返還される前の香港。
密入国者の陳洛軍(チャン・ロッグワン/レイモンド・ラム)は、香港黒社会の大ボス(サモ・ハン)とトラブルとなり、その右腕で武闘派の王九(ウォンガウ/フィリップ・ン)に追われて城砦化した香港最大のスラム街「九龍城砦」に逃げ込む。
そこで陳は、九龍城砦を仕切る龍(ロン/ルイス・クー)やその右腕信一(ソンヤッ/テレンス・ラウ)と出会い、やがて深い絆を築くことになる。
しかし、中国返還を前に、住民の立ち退きと城砦の取り壊しの迫る九龍城砦において、親世代の男たちを巡る因縁は、やがて陳や仲間たちの世代をも巻き込んで行く…。
[情報]
2024年5月に香港で公開され、香港映画史上最大の動員数を記録した、クライム・アクション映画。
原作は、香港で漫画化もされた余兒 (Yuyi) の小説「九龍城寨」。
時代は香港映画の全盛期、1980年代。
舞台は、当時香港において実在し、後に撤去された、巨大スラム街「九龍城砦」である。
九龍城砦は、清国の南部防衛の砦であった場所だが、阿片戦争やアロー戦争後、イギリスに香港が割譲又は租借された後も、清国の飛び地としてイギリスの統治から逃れ続けた。
清国の滅亡後は、清国の統治下からも離れ、さりとてイギリスも手を出せない、無政府地域となる。
その結果、ここに中国その他の地域の難民や犯罪者が流入した。
狭い地域に膨大な建物が建築され、無秩序に増築が重ねられた結果、内部は迷路と化し世界でも例のない異形のスラム街となった。
中国返還の結果、九龍城砦がようやく取り壊されたのは、1993年から1994年にかけて、である。
今作のアクション監督は「るろうに剣心」「燃えよデブゴンTOKYO MISSION」などで、監督、アクション監督、スタントパフォーマーなどとしてアジア圏で幅広く活躍している日本人の谷垣健治が務めた。
サモ・ハン、ルイス・クーといった香港アクションの大物俳優の起用、ワイヤーアクションの多用など、80年代後半に隆盛した香港アクション映画をオマージュしたかのようなアクションで満ちている。
近年あまり見なくなった、香港アクション映画の復活!として日本でも話題となり、ロングラン公開されて、高い評価を得ているようである。
[見どころ]
九龍城砦特有の空間を活かした、ど迫力のアクションの連打、連打!!
キャラクターと格闘方法がリンクした、個性あふれるキャラクターたち!!!
何度もボコボコにされる主人公、陳!!
キレキレの登場シーンが心を鷲掴みする龍兄貴!!!
バイクとナイフ使いのイケメン、信一!!!
70歳を超えてなお、現役のサモ・ハン!!!
そして、中でも記憶に残るのは、気功を操り、刃も打撃も通じない無敵の難敵、王九(ウォンガオ)!!!
高笑いや、一見小物っぽい容姿や、悪辣な挙動も込みで、目が離せない!!!
香港アクション特有のケレンと、身体を張った本格アクションの融合!!!
中国の政策により、やがて消えていこうとする香港そのものや香港映画界の姿が、やがて消え去った九龍城砦の姿と重なる、秀逸で感慨深いテーマ性!!!
[感想]
大変楽しんだ!!!
いわば、香港アクション・アベンジャーズin九龍城砦!!か。
ただし、アベンジャーズが、アメコミヒーローものとして成立させている世界観を、こちらは、生身の肉体と、クンフーという技術で成立させてしまっているわけだが。
各キャラクターの個性が際立っている点は、アベンジャーズと遜色ない。
原作小説は現地で漫画化されている、とのことだが、たしかに、このキャラクターの描き分けは、少年漫画を想起させる。
今作の大きな魅力が、キャラクター燃えにあることは間違えなかろう。
主人公陳と同じ子の世代の若い4人。
龍兄貴と同じ親の世代の大物3人。
そして敵側の大ボス・サモ・ハン(親世代)と、強敵王九(子の世代)の2人。
概ねこの9名が主要登場人物なのだが、それぞれにキャラクターが立ちまくっている。
全員が格闘するが、そのスタイルもそれぞれ違い、個性を引き立てている。
概ね、親世代が伝統的な中国拳法を使い、子世代はより近代的な格闘や武器を使う、という差がつけられている。
さらに若者4名も、スタンダードなマーシャルアーツを使う陳、バイクとナイフ使いの信一、レスリング系のマスクマン四仔、棒術や剣術系の十二少と、それぞれ技が異なる。
この辺の格闘技への妙なこだわりが、ブルース・リー以来のマニア心をくすぐる、のかもしれない。
親世代の龍、秋、虎の兄貴たちと大ボスは、それぞれクンフー映画のスターが演じる。
年齢に関わらず、動きのキレは流石だ。
彼らはパンチが異様に重く、受けた人間はぐるぐる回りながら吹っ飛んでいく。
もちろん香港映画お得意のワイヤーアクションだが、彼らが演じることで、異様な説得力を放つ。
さらに敵の王九は別格で、1人だけリアリティラインの異なる強さと狂気じみたキャラを誇る。
一見、よくいるボスのヒャッハーな太鼓持ち、と見せかけて、序盤から、ハロー!とか言いながら、走行中のバスに組み付き、這い上って来て、座席を次々手刀でぶっ潰す異能を見せる。
中盤から終盤にかけては、強さの次元もイキリの程度もエスカレートしていく。
刃は撥ね返し、打撃でもダメージを与えられない。
さらには吉川晃司のモニカをカラオケで熱唱する。
こいつ、どうやって倒すの?という世界である。
当然ながら、アクション自体も非常に見応えがある。
特に、九龍城砦のごちゃごちゃした迷路じみた空間を最大限に活かした、ジャンプや落下、三角飛び、飛び移りなど、上下動を使ったアクションは見どころだろう。
また、吹っ飛ぶ人体をはじめ、人間の手足を掴んで、バッタバッタと床に叩きつける攻撃など、リアリティから離れた仰天アクションも楽しい。
ストーリーとしては、概ね三幕構成か。
主人公の流れ者、陳が、九龍城砦に「居場所」を見つける第一部。
九龍城砦の平穏が破られる第二部。
そして全ての決着をつける第三部、といったところだろう。
第一部の、陳と仲間たちの友情の形成、そして、九龍城砦において現に営まれてきた、住人たちの生活の情景描写、が重要である。
ここに説得力があるからこそ、第二部、第三部の戦いが熱いのだ。
九龍城砦のセットの力が圧倒的で、住人たちの息遣いを感じさせ、作品全体のリアリティを高めている。
第二部では、親世代の遺恨が、子世代に影響する、という因果が描かれる。
このあたり、香港返還を巡るアレコレをも想起させる。
第三部。
対立構造はシンプルだ。
そこで生活していた者と、それを力によって立ち退かせる者。
激アツのクライマックスを経て、エンドロール。
そこに映し出させる情景は、観客に深い感慨を覚えさせる。
失われたものに対する、哀惜。
総じて、ど迫力の活劇にして、テーマ性も明確な、とてもよく出来た娯楽作品、という印象を抱いた。
女性の描き方が浅薄でシナリオ上の駒としか機能していない、といった弱点はあるものの、全体としては良作だと思う。
個人的な推しキャラは、王九である。
いちいちリアクションが軽薄なのに、なんだかんだ無双しているところが面白い。
[テーマ考]
今作は、中国の同化政策により、失われゆく香港アクション映画を、哀惜を持って振り返る映画である。
後年取り壊されることが歴史上確定している九龍城砦そのものや、九龍城砦での生活のために戦う主人公たちは、香港アクション映画、あるいは香港そのもののメタファーと見ることが出来る。
トワイライト・ウォリアーズ、という邦題は象徴的だ。
1980年代、という香港映画の全盛期が舞台となっていることも示唆的であろう。
そして、披露される、香港アクションの満漢全席!!!
サモ・ハン!!!
エンドロール!!!
テーマ的には、近作の「トップガン・マーヴェリック」や「侍タイムスリッパー」と通じるものを感じる。
いずれも、失われつつあるもの(実写のスタント、劇場用映画、時代劇、香港アクション…)の哀愁を描きつつ、喪失の時は今ではない!と高らかに宣言する作品だ。
このテーマは、映画業界全体が斜陽にある、と言われる現代映画の共通の問題意識なのかもしれない。
また、今作は、親世代の遺恨を子世代に残存させることの無益と、居場所を奪われることの不合理を描いた作品、とも読める。
ウクライナ戦争やガザ問題をどこまで意識して作られたかは不明だが、結果的に社会批評的な映画にもなっている。
さらに、今作は、世代間の承継を描いた作品でもある。
香港アクション映画は無くなっても、その魂は、若い世代に託した!!!という声なき声が、今作のクライマックスからは、ビンビンに伝わってくる。
この手のゴリゴリのジャンル作品では珍しく、テーマとシナリオが合致しており、改めてよく出来た作品だ。
[まとめ]
迫力のカンフーアクション、少年漫画的なキャラ立ち、時事的なテーマ性を融合させた、香港アクション映画の鮮烈な残照たる快作。
なぜか今作には、日本の文化への言及が異様に多く見られる。
ダンシングクイーン、日本製AVやカラオケ、モニカ、田原俊彦などなど。
香港への日本文化の影響が認められて興味深い。
一方、今作のアクション監督、谷垣健治氏は、香港アクション映画に魅せられて、香港に飛んでアクションを学んだ経歴で知られる。
日本と香港の文化の交わりに想いを馳せるのも一興であろう。
今作のヒットを受けて、前日譚と後日談の製作が報じられている。
楽しみにしたい。