サマセット7

シビル・ウォー アメリカ最後の日のサマセット7のレビュー・感想・評価

4.1
監督・脚本は「エクス・マキナ」「アナイアレイション-全滅領域」のアレックス・ガーランド。
主演は「インタビューウィズヴァンパイア」「スパイダーマン」シリーズのキルスティン・ダンスト。

[あらすじ]
大統領が合衆国憲法に違反して3期目の任期を続け、FBIを解体。
これに反発する19の州が合衆国から離脱。
カリフォルニア州とテキサス州が手を組み「西部勢力(WF)」を結成し、政府軍と内戦(Civil War)状態に入ったアメリカ合衆国にて。
ニューヨークで内戦の取材を行っていたベテラン戦場カメラマンのリー・スミス(キルスティン・ダンスト)と記者のジョエル(ヴァグネル・モウラ)は、14ヶ月もの間メディアの取材に応じていない大統領からのインタビューを撮るため、ワシントンD.C.に向かう決意をする。
リーの師匠に当たる老記者サミー(スティーヴン・ヘンダーソン)に、リーに憧れる戦場カメラマン志望の若者ジェシー(ケイリー・スピーニー)を加えた一行は、報道記者として車でアメリカを縦断する。
折しもWFの軍はワシントンを目指して侵攻を続け、リーらは内戦の最前線に飛び込むことになる…。

[情報]
イギリス人監督アレックス・ガーランドが架空のアメリカ合衆国における内戦を描いた作品。
製作は、質の高いインディペンデント系作品の配給、出資、製作に定評のあるA24。

アレックス・ガーランドは、1999年の小説「ビーチ」の著者として名を上げ、2002年、「28日後…」で脚本家デビュー。
2015年の「エクス・マキナ」以降は脚本に加えて監督も兼ね、複数の尖ったSF作品を撮っている。

同監督は風刺漫画家の父のもと、ジャーナリストが多く出入りする家庭で育った。一時は戦場カメラマンを目指していた、という。
今作では、その経歴が反映されて、一貫して、戦場カメラマンの視点で描かれる。

今作はアメリカ合衆国が内戦状態に入った世界、という「もしも」の世界を描いた作品である。
架空歴史もの、という意味ではSF作品とも言える。
また戦争もの、ジャーナリスト映画の側面を持つ。

内戦の描写において、リアリティを高めるために空砲に通常以上の火薬が用いられており、音響効果に特徴がある。
また、音楽の使用も独特で、アメリカのロックやヒップホップが印象的に用いられている。

今作は、現実のアメリカ社会の分断を具現化した作品、として宣伝された。
推定5000万ドルほどの予算で作られ、1億2000万ドルの興収を上げた。
批評家を中心に一定の支持を集めているように見える。

[見どころ]
現実の社会を背景に、このままいくと、こうなるよ、という身も蓋もないメッセージ性!!!
観客にトラウマを押し付けるような、恐ろしい暴力シーン!!!
ジェシー・プレモンスの演じる兵士!!!!
轟く銃声!!
ジャーナリズムの力と、若い力に対する、願い、祈り、希望!
イギリス人監督が冷徹な客観的視点から映し出す、未来像!!

[感想]
ジェシー・プレモンス、怖っっっ!!!

観客にトラウマを押し付けるような作品、というのが幾つかある。
例えば「セブン」。
A24作品では「ヘレデタリー継承」のあるシーンなどがパッと思いつく。
今作のジェシー・プレモンスの出てくるシーンも見事マイリスト入りした。
私がアジア人であることもあり、その人種差別の理不尽さと、コミュニケーション不全の恐怖には、魂を貫かれた。

そのシーンの印象が強すぎるが、他のシーンもなかなか強烈だ。
主人公ら4人のワシントン行きの旅路は、そのまま、戦場の地獄めぐりだ。
いくつかの類似したシーンも含めて、「地獄の黙示録」を強く連想させる。
冒頭の爆発をはじめ、陰惨なガソリンスタンドのシーン、一見平和な街の不穏さ、所属不明のスナイパー、そして、悪夢のようなジェシー・プレモンス…。

繰り広げられる地獄絵図。
しかし、くっきりと撮られた近未来のアメリカの映像は、非常に美しい。
そんな中、戦場カメラマンであるリーとジェシーが撮る写真の静止画が、しばしば挿し入れられる。
次々と目まぐるしく流れていく歴史が、カメラで撮られ、切り取られることで、固定される、といった印象を受けた。

主人公のリーにはモデルがおり、作中でも新人ジェシーの憧れの人物として明言されている。
第二次世界大戦を駆けた女性戦場カメラマン、リー・ミラー。
彼女の写真は、戦争の真実を世界に伝えた。

ソーシャルメディアが隆盛する現在、旧来型のジャーナリズムは、衰退した、と言われる。
アレックス・ガーランドが、あえて今作でジャーナリズムに焦点を当てたことは、示唆的である。

現実の社会において、アメリカは保守とリベラルで断絶、分断されている、と言われる。
議会は暴徒に襲撃された。
大統領は有罪判決を受け、デマと脅迫を得意技とし、にも関わらず、再選された。
世界中で、暴力による虐殺で、意を通そうという試みが繰り返されている。
そうした中、今作で、「シミュレーション実験」であるかのように描かれる近未来は、全く洒落になっておらず、笑えない。

今作でアメリカはWFと政府軍に分かれて内戦状態にある、という設定だ。
しかし両者は、保守とリベラルの対立、としては描かれない。
WFは、リベラルの本拠カリフォルニアと、保守の最右翼であるテキサスの連合である。
あえて、現実の政治状況とは距離を取って、どちらかを正義、と位置付けることを避けているように思える。

今作で内戦の原因について明言はされないが、断片的な情報から、大統領がファシズムに傾倒していることは示される。
内戦の大枠は、打倒ファシズム、と推測される。

しかし、こうした大義とは無関係に、戦場に存在するのは、純粋な暴力だけである。
作中、随所に兵士たちが多数登場するが、終盤のWF軍と政府軍を除き、どちらに所属する兵士かは、一切明言されない。
その暴力の、抗いようのない、理不尽。

今作は、私たちに、暴力によってどうにでもされてしまう世界の本質を、グリグリと見せつける。
その迫真性は不快極まりない。
その極みが、ジェシー・プレモンスだ。
そのピンクのハンティング用サングラス!!!
何を狩る気なんだ!???

今作は、暴力への唯一の対抗手段として、ジャーナリズムを描いているようにも見える。

印象的なのは、新人カメラマン、ジェシーの変化だろう。
そこに、何を読み取るかは、観客に委ねられている。
戦場の狂気に呑まれた?
ダークサイドに堕ちた?
それとも、プロの戦場カメラマンとして、覚醒した、ということだろうか?

演じるケイリー・スピーニーは、エイリアン・ロムルスでもヒロインを演じた、今売り出し中の若手女優だ。
10代にも見えるが、実際には20代。
可憐さの中に、芯がある。
今後も注目だろう。

主演を張るキルスティン・ダンストは、サム・ライミ版の「スパイダーマン」シリーズでヒロインMJを演じていた。
同シリーズでは脚本の問題もあり、ネタヒロインと化していたが、年月を経た今作では、ベテランカメラマンを演じていて、とてもカッコいい。
「メアオブイーストタウン」のケイト・ウィンスレットといい、アカデミー主演女優賞3度獲得のフランシス・マクドーマンドといい、年齢を重ねたゆえの魅力が発揮されていて、素晴らしいと思う。

ジェシーとリーの、終盤での、立場の交錯をどう見るか、も解釈が分かれるところだろう。
作り手の意図はともかく、作中ではポジティブにもネガティブにも取れるように作ってある。
この辺りのオープンな解釈を許す作りは、アレックス・ガーランド監督・脚本の作家性、のようである。
私は、ポジティブに受け取ったが如何。

総じて、イギリス人監督の皮肉が効きすぎてまったく笑えず、SFや戦争映画を飛び超えて、恐怖映画になってしまった作品、という印象だ。
それもこれもジェシー・プレモンスのせいである。
なお、ジェシー・プレモンスは、主演のキルスティン・ダンストの夫だったりする。

今作は、暴力描写や残酷な描写があまりにあまりなため、苦手な人にはお勧めしない。

[テーマ考]
今作は、ジェシー・プレモンスの恐怖を描いた作品である。
あのピンクのサングラスはマジで怖いからやめてほしい。
娯楽気分の観客にトラウマを植え付けるのは、本当にやめてほしい。

そして、今作は、現実社会の分断について、その延長線上の未来を示して、痛烈に批判する作品である。
延長線上の世界、として描かれるのは、暴力が支配する、無慈悲で、差別的で、理不尽な世界だ。
今作の描く戦場の地獄は、全てこのテーマで整理できる。
もちろん、ジェシー・プレモンスはその極みだ。

あまりにも現実の世界が酷すぎて、観客には、作中の架空の世界が、現実そのものに見える、という効果が生まれている。
今作の脚本が公開の数年前に書かれた、ということを考えると、予見的、という評価もあろう。
他方、すでに議会襲撃が起こり、扇動した者が大統領に選ばれていて、その大統領がコロナを「チャイナウイルス」と吐き捨てている現実や、大国が小国に正当な理由なく侵攻し、大規模な虐殺が国際的に黙認される現実を見るに、依然としてフィクションが現実に追いついていない、という評価もできるだろう。

今作は、ファシズム、ポピュリズム、トランプイズムを批判する作品でもあろう。
ただし、今作の批判は、トランプを支持する人々には刺さらないだろう、とも思う。
ガソリンスタンドの若者に、服屋の店員に、狙撃手に、ジェシー・プレモンスに、むしろ共感する者たちに、今作の批判は届かない。
あるいは、「大統領」に高潔な人格や倫理観ではなく、自己が属する派閥や集団の利益、すなわち「結果」だけを求める者に、今作の批判は届きようがない。
その通り、トランプは今作がアメリカで公開された後の選挙で、大統領に再選した。

主人公たちをジャーナリストに据え、その視点で一貫して描く今作は、ジャーナリズムの意義を改めて訴える作品、とも読める。
危険を顧みず、戦場に向かうジャーナリストがいなければ、我々が「世界の現実」を知ることはない。
まずは、現実を知らなければ、それを変えることなど、出来るはずがない。
たとえ知っていてすら、現実を変えることはとても難しいのだから。

一方で、今作の事態=内戦に至っている時点で、既にジャーナリズムは敗北している、とも言える。作中でリーが述べているように。
現実の事態に照らしても、ジャーナリズムが機能しているか、はかなり疑わしい。

それでも。
リーが、ジョエルが、サミーが、ジェシーがいなければ、伝わらないものが、たしかにあったのではないか。
それは、人類の歴史を編む上で、極めて大切なものではないのか。
それを、大切だと考えることでしか、人類は前に進めないのではないのか。

ところで。
今作は、英国人監督が、第三者として、客観的な視点から、冷徹にアメリカの内戦をシミュレーションしてみせた作品である。
だからこそ、ジェシー・プレモンス演じる兵士の見せた身も蓋もない人種差別は恐ろしい。
それは、客観視点から見て、まさに、今現実に、アメリカ人の精神の内奥にあるものだから。
映画という娯楽の中で、無慈悲に、無邪気に、当たり前のことのように突きつけられることが、何より恐ろしい。

[まとめ]
ジェシー・プレモンスがポッと出のくせにトラウマ級の恐怖を刻む、架空歴史もの戦争映画にして、現実社会の分断を鋭く照射した問題作。

今作で強烈な印象を残したジェシー・プレモンスは、TVドラマ「ブレイキングバッド」や「FARGO」、映画「キラーズオブザフラワームーン」「憐れみの3章」などに出演してきた。
マット・デイモンに似ていることで知られるが、個人的にはフィリップ・シーモア・ホフマン味もあるように思う。なおプレモンスは、デイモンとホフマン、両方の役の子供時代の役を演じたことがある。
今後も注目したい。