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CURE キュアのRKのレビュー・感想・評価

CURE キュア(1997年製作の映画)
4.6
高部が催眠にかからなかったのは何故?(かかっていなかったように見える、としておこうか。その理由は後述する)

それは、警察という「仕事」=「レッテル」への埋没と、高部個人の暴力性によるものだろうか。

普通の人は、近代の病として、実存を求める
「レッテルからの逃避」を抱えている。つまり、会社員の自分、母親としての自分を演じることに違和感を感じ、「そもそも私とはどういった人間だったのだろうか」という疑問を、薄々抱きつつ生きている。あるいはそれがネガティブな方へ加速すると「ちくしょう、【本当の俺】はのんなはずじゃないのに」という、恨みつらみとなる。そういったことが、レッテルへの無意識の依存によって、ギリギリのところで制御している状態だ。(クリーニング屋で隣にいた独り言悪態親父なんてまさにそれだ)
まだ食うや食わずだった時代の「レッテル」=「仕事」は、文字通り死ぬ気で働いていたわけで、実存など求める余裕なぞ無かった(言語的な未開拓もこれを後押しでしているだろう。実存なんて、概念すら無かったはずだ)。
それが、近代化によって衣食住が確保され、ロゴスの国民総取得を達成した現代、我々の関心は、実存に向いたわけである。微弱なレッテルによって妨害されつつ。

そんなところに、間宮のごとく「レッテル剥がし」が現れると、途端に拘束具を解き放たれる。彼、彼女の深いところで眠っていた、実存に近しい欲望が、そのほんの僅かな「兆し」が、助長されてしまう。むしろ我々は無意識のうちのどこかで、「こんなレッテル剥がして欲しい」とすら思って生きているので、間宮の催眠は、面白いくらいにかかる。

しかし高部の場合は、少し違っていた。危ういところまではいったものの、間宮の催眠は受け付けず、乗り越えた。それは彼が、普通の人々と違って、レッテルから逃避しているのではなく、むしろ逆に、レッテルへ逃避している人間だからだ。病気の妻を持ち、愛を感じながらも、他方で強い負担も感じている。そのアンビバレントな気持ちを、「レッテル」=「仕事」に熱中し忘却することで、なんとか自我を保っている状態だ。彼にとっての「兆し」は妻殺しという、あまりに道の外れた欲望なので、それを回避するための「レッテルへの逃避」の能力は並外れて高い。だから、間宮のごとく「レッテル剥がし」にも負けない。あと、もしかしたら、警察という、ある種の「暴力装置」に属していることも、重要かもしれない。日々、「公的に」暴力を振るうことで、自分の中にどす黒く眠る「妻殺し」を、別の形でうまい具合に発散できているから、間宮の催眠がかかり辛かったのかもしれない。むしろ間宮との会話により、フロイトの療法よろしく精神分析を果たした高部は、腫れ物であった妻を排除し、職務を全うする日々に意気揚々と戻っていくのであった。

ラストのウエイトレスのあれは、先述の通り、「近代の病」が、もはや間宮のごとく催眠を必要とせずとも破裂してしまうところまできている、という、ある種の警句なのだろうか。

あるいはそうではなく、もしかしてもしかして、ウエイトレスには高部が催眠術をかけていて(意識的にか、無意識的にか。タバコの火付いてたし…)、妻を殺しに向かわせたのか?あの病院でガラガラ運ばれてきたのって、妻だよね?シーンの順序的にはテレコになってるけど、ラストのレストランで楽しそうに食事をしている高部を見ると、「妻も八つ裂きにされた可哀想な被害者夫」には見えなくて、「重荷であった妻がこれから死んでくれるサイコ夫」であるのならば、逆に納得がいく。ということはつまり、間宮の能力が、意図してか高部に伝播してしまったのだ。いやそうではなく、高部も結局催眠にかかってて、伝道師とさせられているだけなのかもしれない。

あの催眠が、脈々と受け継がれている、ということがおそらく重大なテーマの一つであるはずだから、間宮が死んだ、ということはそれはすなわち、後継者は誰だ?というテーマに変更される。では何故それが高部なのか。

それは、わかんないけど、間宮はおそらく、人の持つ、潜在的な欲望は「醜いもの」だと思っていて、高部もそれに応じた(妻殺しという)「醜いもの」を持っていた。他の人間は、そうした欲望を意識せず抑圧してしまっており、それを間宮は「最低だ」と断じる。そんな中、自らの「醜い」欲望に超自覚的な高部に出会い、こいつこそ、伝道師としてふさわしい、と思ったのかな。
ただ個人的には、潜在的に眠るものが、全て「醜いもの」だとは思えない。そもそも「醜い」というのは、あくまでも世俗の道徳的価値観におけるものであろうが、たとえば人によっては、「人助けをしたくてしょうがないが、現実的に無理だから諦めている」みたいな人だっているだろう。間宮は、なぜそうした、いわゆる「善」の欲望に着目しないのだろう。あくまでも間宮は、単なる「悪いもの好き」という陳腐なキャラクターなのだろうか。だとしたらつまらん。
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