SeiyaInoue

CURE キュアのSeiyaInoueのネタバレレビュー・内容・結末

CURE キュア(1997年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

授業の課題で鑑賞した。黒沢清監督によるこの映画「CURE」は、ホラー映画に分類される。ホラー映画というと、観客に恐怖体験をさせるような映画である。洋画におけるホラー映画の場合、突然大きな音を発して観客を驚かせたり、グロテスクな描写によって恐怖を体験させるものが多い。
 たとえば最近の、ジョン・クラシンスキー監督による「クワイエット・プレイス」(2018年)が挙げられる。この作品では、音を立てるとモンスターに捕食されるという設定であるため、当然登場人物は言葉を発することもほとんどないし、物音をたてないようにしている。したがって静かなシーンが際立ち、音を立ててしまいモンスターが現れた時には大きな音がなるため、観客は驚くことになる。
 クラシンスキーはこの作品で終始、音を立ててはいけない設定にし、劇場の観客まで静まり返るようにした。観客はポップコーンを噛む音でさえ立てないのである。クラシンスキーはこれまでにない映画体験を生み出したと言える。
 この手のホラー映画の恐怖の対象とするものはたいてい場合、モンスターや殺人鬼などの、姿が明らかで実体のあるものである。
 一方で、黒沢の「CURE」における観客の恐怖の対象は実体のないものである。撮影しているカメラのアングルやカットなどの映画的文法を巧みに操り、怪しい雰囲気を作り出して恐怖を生み出している。
 黒沢の特徴といえる、一点からの長回しによって観客は映画で起こっていることを目の前で見ているかのような錯覚を体験する。これは非常に観客にインパクトを与えるものであり、「非日常的なもの」や見てはいけないものを目の前で目撃してしまっているように感じることから、不安や恐怖を感じるのである。
 また、まったく場面のことなるシーンを交互に挿し込む編集を施すことによって、混乱させ不安にさせる。高部が間宮の家を訪れ佐久間に電話した後、間宮の家のフラッシュバックのようなシーンがある。これによって、催眠にかかってしまっているのか、じわじわとなにかがおかしくなっていることに気付き始める。
 黒沢は観客自身に催眠をかけ、体験させているような演出をしていることがわかる。間宮が催眠をかける際のトリガーとして、「水の流れ」や「光」などが用いられている。小学校教師の男と交番にいた大井田にはライターの火を見せ、宮島には倒したコップの水の流れを見せる。そんな光の点滅などのトリガーは物語の進行上、関係のないシーンでも観客の目に入ってくるようになっているのである。
 アンダーパスで桑野が通り過ぎた電灯がチカチカと点滅しているところや、踏切の赤信号にはわざわざクロースアップで見せるし、高部はなぜか屋上にいて遠方に見える煙突の光が点滅しているのを見せる。これらは明らかに物語の進行上不要なものであるはずにも関わらず、このようなシーンがあるということから黒沢の観客に催眠の体験をさせるという明らかな意図がみてとれる。
 作品終盤では「非日常的なこと」や「よくわからないこと」が次々に起こるため、観客の不安を掻き立てる。たとえば、高部が佐久間の家に行ったとき、書斎の電気がついて壁に大きなX印が描かれていることに気付く。「それはなんだ?」と聞くと、佐久間は壁を引っ掻き、取り乱しながら「おれにもよくわからない!」と返した。一番まともな男であった佐久間がおかしくなってしまったことに気付いたとき、観客の不安は最高潮に達するであろう。
 さらに、心の病を患っている妻のいる高部が妻に対する憎悪を露呈していく過程が恐ろしい。妻の世話をしながら忙しい刑事でありストレスが溜まっていそうな高部であるが、そこに間宮が入ってくることによって、妻に対する憎悪が爆発してしまうのではないかという恐怖だ。妻が首吊り自殺をしている白昼夢を見たのは、妻に対する殺意の現れである。また、間宮の催眠にかかった人物は皆だれでも殺人を犯してしまっていることから、だれにでも起こりゆることとして捉えられ、さらに恐怖が増すのである。
 結果として、催眠術を操る「伝道師」として生まれ変わった高部は、殺人を伝染させ妻を死なせることになった。さらにはファミレスの店員にも催眠をかけ、殺人犯に仕立てた。「伝道師」となった高部は人格はそのままであるし、微小なトリガーで催眠をかけることができるようになっている。おそらく、ファミレスではタバコの先端の火がトリガーとなっていたのだろう。高部は間宮を超えたのである。
 高部のような伝道師が生まれてしまったら、無限に殺人が起こるようになってしまうだろう。世界の終末のようなディストピア的バッドエンドとして捉えることができる。それはそれで十分に恐ろしいものになるが、高部の視点からでは、この作品はハッピーエンドで終わっているとも考えられる。高部は妻に対する憎悪を抑え、悩んでいた。伝道師となったことで彼の心の詰まりが流され、妻に対する憎悪と闘っていた日々から解放されたのである。
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